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画文集 炭鉱(ヤマ)に生きる―地の底の人生記録 [著]山本作兵衛

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年09月11日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■過酷な世界、たくましき生活力
 北海道・夕張で炭鉱事故が相次いだ頃、何度か当地に入った。こっそり地底の切羽(きりは)(採炭現場)まで連れていってくれた坑夫がいた。取材者の私を泊めてくれた下請けの組夫もいた。悲痛極まる事故と、何か大らかであったかいものが同居していた。画文集をめくりつつ、その折の感触がしきりに思い出された。
 作者・山本作兵衛は九州・筑豊の地で生涯をまっとうした坑夫である。明治の半ば、7歳にしてヤマに入り、中小炭鉱を渡り歩きつつ、あらゆる職種を体験した。60代、最後の職場は炭鉱事務所の夜警であった。
 子供の頃、絵を描くのが好きだったことを思い出し、「昔のヤマの有様(ありさま)を描いて子孫の語り草に残しておくのもまた一興かと思い」、「ありのままを記すことのみを心掛け」た。「絵筆を握るのは五十八年ぶりのこと」とある。
 カンテラの照らす坑道で、背に刺青(いれずみ)の入った半裸の男がツルハシを振るう。後山(あとやま)の女がザルで黒炭を函(はこ)に入れる。日本刀を振りかざしたけんか騒ぎ、天秤(てんびん)棒のカゴにわずかな所帯道具を入れてヤマを移る一家、男女混浴の風呂場風景などが生々しい紙芝居を見るごとくに描かれている。
 明治から昭和にかけて、日本の近代を支えた炭鉱がいかに過酷な世界であったかを教えてくれる。同時に、ヤマで暮らす人々のたくましき生活力が伝わってくる。
 先頃、絵五百八十五点などがユネスコの「世界記憶遺産」に国内からはじめて登録された。老坑夫の「隠居仕事」によって、生き生きとした炭鉱世界が広く人々の記憶にとどまるものとなった。この“画家”がいなければ、往時の炭鉱は忘却のなかに消えていたろう。絵に、「悪狐」が現れ、病人の皮膚をはがして立ち去ったという一枚がある。ひょっとして、山本作兵衛とは、神様狐が炭鉱の伝え人として地底につかわせた使者であったのかもしれない。
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 講談社・1785円/やまもと・さくべえ 1892~1984年。『炭鉱に生きる』初版は、67年の刊行。

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