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無理難題「プロデュース」します―小谷正一伝説 [著]早瀬圭一

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年09月18日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■野人の群像、過ぎた時代への挽歌

 井上靖の芥川賞受賞作品『闘牛』は、毎日新聞大阪本社時代の同僚で、事業部にいた小谷正一(こたにまさかず)がモデルであることは知られてきた。本書は、小谷の波乱に富んだ仕事人生をたどった評伝である。
 小谷とは何者かといえば、“立ち上げ屋”という言葉が浮かぶ。毎日系の夕刊「新大阪」、プロ野球「毎日オリオンズ」、新日本放送(毎日放送)などの立ち上げにかかわり、後年はテレビ、広告、企画プロダクションの仕事にも手を染めた。
 愛媛・宇和島から特別貨車で牛を運び込み、西宮球場で開いた闘牛大会は商売としては失敗であったが、「新大阪」時代でいえば、木村名人と升田七段の五番勝負、欧州名作絵画展など次々とヒット企画を放つ特異な才をもつ男だった。長く小谷の上司としてコンビを組んだ黒崎貞治郎は「得体(えたい)の知れぬ男」と評されているが、小谷の側近だった古川益雄は来歴も居住地もわからない。「毎日の天皇」と呼ばれ、小谷をこき使った本田親男にしても規格外のワンマン社長だった。奔放な活力に満ちた、野人たちの群像物語ともなっている。
 敗戦から間もない新大阪時代。社近くの喫茶店が「第三編集局」となり、梁山泊さながら、面々は額を寄せ合って「大阪中がわっというようなことないのか」と知恵を出し合う。大阪駅前には連日「行き倒れ」があり、「敗戦の傷口」がぽっかり開いていた。貧しい混乱期であったが“非秩序”という意味でも、ぽっかりと天空が開いていた。
 小谷たちの活動舞台は大阪だった。東京は遠く、経済力もジャーナリズムも二極時代。面白がる精神をもった男たちの能力が縦横に生かされる地でもあったろう。やがて大阪は地盤沈下し、非秩序派も世の安定とともに本領発揮の場を失っていく。本書のもう一つの主題は〈時代〉であり、行間からは過ぎ去った時代への挽歌(ばんか)が聞こえてくる。
    ◇
 岩波書店・2205円/はやせ・けいいち 37年生まれ。元毎日新聞記者。『長い命のために』『大本襲撃』など。

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