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怪談 [著]柳広司

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2012年02月26日

[ジャンル]歴史 文芸

表紙画像

■八雲の名作が現代ミステリーに

 紀伊国屋書店でおもしろそうな本を物色した後、私は急に空腹を覚えてすぐそばの急な坂を上がった。この辺は夜になると真っ暗になるので避けているが、まだ夕暮れには遠い。坂上のそば屋に腰を落ち着け、早速二冊の本を開く。
 どちらもタイトルは『怪談』である。一つは、マルコ・ポーロや夏目漱石が探偵役のミステリーで知られる作家の新刊。そしてもう一つは、前者がインスパイアを受けたと明言する、小泉八雲のもの。平井呈一訳の岩波文庫版である。比較して読むつもりだ。
 八雲の名作に基づきつつ、独自の解釈で描いた現代版ミステリー短編集とは興味津々だ。早速目次を確かめる。「雪おんな」「耳なし芳一」「食人鬼」、おや、「鏡と鐘」とは珍しい。原典では覚書のような体裁だったが、さて、どう料理しているのだろう。
 怪奇な出来事が合理的な謎解きで解決するようでいて、もうひとひねりしてあるところに読み応えがある。八雲が美しくも恐ろしく描き出した「日本の神秘」が、現代人の心底にある狡猾(こうかつ)さや憎悪によってひっくり返されてゆく。作品によっては、更にどんでん返しが仕掛けられている。ミステリーだから詳しくは言えないが、人間の黒い感情が超自然的存在を凌駕(りょうが)する姿を描く筆は巧妙だ。ただ、いささか趣向負けしている作品もある。琵琶法師がビジュアル系バンドのボーカルになっているのには微苦笑した。
 私が最もひかれたのは「鏡と鐘」である。この作品では、仕掛けた人間の執念もさることながら、自分の中にわき上がる疑念が自分を蝕(むしば)んでしまうというくだりが一番怖い。人の心に鬼が住む、と言うように、人間は心の奥に抱えている闇と葛藤しながら生きていくしかないのだろうか。背筋が冷える。そばはまだか。
 「むじなそばお待ち」。目の前に器が置かれる。え? 私はそば屋の顔を振り仰いだ。同時に、灯がパッと消えた。
    ◇
 光文社・1470円/やなぎ・こうじ 67年生まれ。作家。著書『ジョーカー・ゲーム』『最初の哲学者』など。

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