書評・最新書評

屋根裏プラハ [著]田中長徳

[評者]石川直樹(写真家・作家)

[掲載]2012年03月18日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■革命を境にたゆたう古都の光

 ウィーンで写真家の古屋誠一さんと話していたときに、田中長徳氏の名を聞いた。他愛(たわい)のない思い出話のなかで唐突にその名が出てきて、チョートクさんへの認識がぼくの中でがらりと変わったのを覚えている。なにしろ今まで124冊の著作があり、それら全てがカメラ関係書ということもあって、カメラ評論家の方とばかり思いこんでいた。しかし、彼は審査の厳しい銀座ニコンサロンで学生時代に個展を開催し、73年に横浜からナホトカ(ソ連)へと船で渡って以来、日本と欧米を行き来しながら写真を撮り続けてきたベテラン写真家なのである。目の前にたゆたう光をカメラという器によって掬(すく)い上げるかのように、世界を見る。鋭いセンサーと高い解像度で世界を見つめつつも、最終的にはモノクロームのフィルムで丁寧に写し取る、そんな風にぼくはチョートクさんのことをとらえている。
 「大切なことは、電話では話さない。手紙に書かない。酒場で話さない」けれど、「うまいビールだけはある」という革命前の赤旗が翻るプラハや70年代のウィーン、そして震災後の日本にいたるまで、ページをめくるたび時間と場所が縦横に行き来する。
 文中に何度も登場する77年以来の古い友人の写真家P氏や、著者が敬愛してやまないヨセフ・スデクに関するエピソードが特に好きだ。スデクはプラハのパノラマ写真で知られる巨匠の一人である。この二人はチョートクさんが古都プラハを“視(み)る”時の二つの軸になっているのだろう。思わずスデクの写真集を図書館で見直してしまった。
 本書には未収録だが、手作りカメラで女性の写真を撮り続けたミロスラフ・ティッキーをめぐる「新潮」連載時の一章も、印象に残っている。写真とカメラをど真ん中に据えたチョートク氏の来し方を通して、革命前と後のチェコ周辺における四半世紀を見つめた稀有(けう)な書物であった。
    ◇
 新潮社・2100円/たなか・ちょうとく 47年生まれ。写真家。カメラ評論家。『カメラに訊け!』『銘機礼讃』

関連記事

ページトップへ戻る