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サラの柔らかな香車 [著]橋本長道

[評者]穂村弘(歌人)

[掲載]2012年03月25日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■人生よりも大きなゲーム

 将棋小説が好きだ。ゲームのルールもよくわからないのに引き込まれてしまうのは、どうしてなんだろう。
 現実の人生の中では、才能とか勝敗といったものは、はっきりとした形では目にみえない。将棋というフィルターを通すことで、それが可視化される面白さがある。誰が勝って誰が負けたのか、紛れもない。と同時に、将棋盤の前に座ったとたんに、年齢や性別や国籍や立場といった実人生の要素が一切消え去るところにも惹(ひ)かれる。
 この作品の登場人物も全員が様々な物語を背負っている。まともに会話ができなかったり、病を抱えていたり、大きな挫折体験があったり。
 だが、作中において将棋は、決して人生の縮図にはなっていない。むしろ、拡大図のように描かれている。そこに強い魅力を感じた。
 現実世界に本当はあるはずの、けれど埋もれてしまって引き出せない可能性が、将棋というゲームを通すことで初めて姿を現す。世界の側からみると、それは未知の贈り物になるんじゃないか。
 そんな可能性の女神のような主人公の少女は、こんな風に描かれている。
 〈サラちゃんはですね、世界に類を見ない、前例のない共感覚保持者なんですよ。彼女は将棋の駒を見ると同時に、色や景色や数字や痛みや匂いといったあらゆる感覚を感じているに違いありませんよ〉
 その背後には、こんな生い立ちがある。
 〈彼はサラに南米のあらゆる美しい風景を見せたのである。そして彼の覚えている限りの文学を朗読しながら、彼女の前で駒を動かしていった。護池は彼がその人生において習得した全てを同時に並行して彼女に伝えたのだ〉
 過去に中学生将棋王将戦で優勝した経験をもつ作者は、そのキャリアを生かしたリアリティーと、突飛(とっぴ)なまでの発想のユニークさを、絶妙なバランスで両立させている。
    ◇
 集英社・1260円/はしもと・ちょうどう 84年生まれ。本作で小説すばる新人賞。棋士養成の奨励会元会員。

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