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楚人冠―百年先を見据えた名記者 杉村広太郎伝 [著]小林康達

[評者]出久根達郎(作家)

[掲載]2012年09月16日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■明治・大正・昭和をリベラルに
 
 「楚人冠(そじんかん)」と聞いて何をした人か、答えられる者は多くないだろう。明治大正昭和の三代にわたるジャーナリストである。奇妙な号は、楚の将軍項羽が、猿が王冠をつけたようなものと嘲笑された史記に由来する。王者にふさわしくない、と卑下した意味だが、新聞記者を無冠の帝王と称する。それにも掛けているかも知れない。朝日新聞社に入社し、多くの業績を残した。記事の正確を期すため調査部を、誤報を防ぐための記事審査部を設けた。初めてグラフ週刊誌を出した。
 膨大な文業は、十八巻もの全集に集成された。特筆すべきは、稲わらに火をつけて村人を津波から避難させた豪商浜口梧陵(ごりょう)の伝記だろう。同郷人であり、梧陵の末子と親友のよしみから、大正九年にまとめた本書は、現在も梧陵伝の第一級資料である(全集の七巻に収められている)。
 楚人冠の足跡は、近代史であり文学史である。大逆事件の管野スガから、獄中より針文字の手紙をもらっている。昨年の「大逆百年」で現物が公開された。
 校正係だった石川啄木は、歌友の弁護士・平出修から、内密に大逆事件裁判資料を借り書き写した。それを楚人冠に貸した。啄木が病臥(びょうが)した時、楚人冠は社内に義捐(ぎえん)金を募った。本人は「なけなしの二十円」を出し、十七名分の合計三十四円四十銭を、貧窮の後輩(十四歳下)に届けた。
 仏教革新運動や動物虐待防止会、漱石や南方熊楠との交流ほか楚人冠の活動は広範囲に及ぶ。与謝野晶子の「君死にたまふこと勿(なか)れ」は、楚人冠が訳したトルストイの日露戦争論に触発された(指摘したのは1998年・朝日の記者)。
 リベラルな名物記者の一生を、時局と共に語っているが、評者の望蜀(ぼうしょく)の感を言えば、たとえば大逆事件や震災(二児を失う)の事など詳細に知りたい。何より彼の思想である。洒脱(しゃだつ)な文章の魅力をもっと紹介してほしかった。
    ◇
現代書館・3360円/こばやし・やすみち 42年生まれ。千葉県我孫子市教育委員会文化課の嘱託職員。

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