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陳情―中国社会の底辺から [編著]毛里和子・松戸庸子

[評者]上丸洋一(本社編集委員)

[掲載]2012年09月16日

[ジャンル]政治 国際

表紙画像

■自由と民主主義、命懸けの告発
 
 「道路を造ってほしい」
 「橋を架けてほしい」
 地方議員らが中央官庁や国会議員に「陳情」する。地方は土木工事などでお金がもたらされることを期待し、国会議員は票をめあてに世話をする。うるわしき(?)日本の光景である。
 一方、本書がテーマとする中国の「陳情」(中国語では「信訪」)は、日本のそれと違って、ほとんど命懸けともいえる厳しい世界だ。
 村の幹部の腐敗に憤って地方から北京へ出てきた一組の夫婦。「憲法を擁護せよ、人権を返せ」と長年訴えてきたが、解決に向けた動きはない。報復が怖いため夫婦は村に帰れない。秩序攪乱(かくらん)などの罪で労働矯正所に数回、送られたが、なおもひるまず、不正を訴え続ける。
 土地を奪われた農民、保険金強奪の被害者、福利厚生を削減された退役軍人。様々な問題を抱えた人たちが各地から北京に赴き、政府や裁判所の受付窓口に救済を求める。
 上京陳情者が増えると、地方政府の評価が下がる。地方政府の委託を受けた民間会社が「陳情者狩り」をして、半ば暴力的に地元へ送り返すことさえ行われているという。陳情が問題の解決につながる可能性はほとんどない。それでも陳情者は後を絶たない。
 本書は、この「陳情」の制度と行動を多角的に分析した日中の研究者の論文9編を集める。外からはうかがい知れない中国社会の深部が客観的に描き出される。
 筆者(上丸)は2年前、中国・南京の街頭で「要民主選挙、要言論自由」と書いた紙を胸に掲げて、道行く人にアピールしている中年男性を見かけた(写真も撮った)。周りの人は、男性を無視していたが、自由と民主主義を求める声が出口を探していることを実感した。
 統治と陳情の軋轢(あつれき)に、中国政府はどう対処するのか。隣国の未来を占うかぎの一つが、本書に示されている。
    ◇
東方書店・3150円 /もうり・かずこ 早稲田大学名誉教授。まつど・ようこ 南山大学教授。

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