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屍者(ししゃ)の帝国 [著]伊藤計劃×円城塔

[評者]川端裕人(作家)

[掲載]2012年09月23日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■浮かび上がる問い 意識とは人間とは

 新世代SFの旗手として世界水準の活躍を期待されつつ夭逝(ようせい)した伊藤計劃のごく短い遺稿をプロローグに据え、生前深い親交があった芥川賞作家円城塔が「本編」を書きつないで完成した大作である。ドラマチックな成り立ちを語りたい欲望は脇に置き、なにはともあれ極上の娯楽作品として、読め! 楽しめ! 噛(か)みしめろ! というのが実感だ。
 歴史改変ものというSFサブジャンルの王道をいく。その改変のアイデアが凄(すさ)まじい。死体を蘇(よみがえ)らせる技術が実現し、屍者をロボットのように使役することで高度な発達を遂げた19世紀が所与のものとしてぽんと差し出されるのだ。
 死体に「疑似霊素」を注入しパンチカードに記された制御ソフトをインストールする。プラグイン次第で軍事用にも鉱山作業用にも家庭用にも使用可能であり、至る所に屍者が溢(あふ)れる。情報技術的な用語が使われていることからも分かるように、機械式の巨大電算機が全球通信網を構築するまでに進んでいるが、その割にはコレラの病原体が未(いま)だ発見されていないアンバランス。我々が知っているのとは違う世界が、ロンドン、アフガニスタン、日本、合衆国を舞台に描かれる。
 語り手はジョン・ワトソン。かの名探偵ホームズの相棒だ。医学部で学び、軍医となったのは表の顔で、実は大英帝国の諜報(ちょうほう)員としての使命を帯びている。アフガニスタンの山岳地帯で、「屍者の帝国」を築き「全死者の復活計画」を構想しているという勢力の調査を請け負う。その首領はなんと「カラマーゾフの兄弟」の三男、善良なアレクセイ!
 登場人物の多くが文学作品からの借用だ。そもそも「屍者技術の父」とされるのは、フランケンシュタイン博士で、屍者技術倫理を定めた、ロボット三原則ならぬ「フランケンシュタイン三原則」も考案されている。さらには、主人公を諜報員に導くヴァン・ヘルシング(ドラキュラ)、ヒロイン級の立ち回りを見せるハダリー(未来のイヴ)、彼女とコンビを組むレット・バトラー(風と共に去りぬ)なども。アニメのエヴァンゲリオンを意識させる部分まであってニヤリとさせられる。
 当然、実在の人物の活躍も「改変」されている。「進化論を発表しなかったチャールズ・ダーウィン」は物語の核であり、「人間とは」「意識とは」というSFらしい問いに収斂(しゅうれん)していく道標となる。屍者と生者について突き詰めると、結局はそこに行き当たる。
 不埒(ふらち)な程はっちゃけた改変・借用と、周到に構築された世界観。次第に主題として浮き上がる深い問い。多くの方に醍醐味(だいごみ)を味わってほしい。
    ◇
河出書房新社・1890円/いとう・けいかく 74年生まれ。『ハーモニー』で日本SF大賞など。その英訳版がフィリップ・K・ディック記念賞特別賞。09年没。
えんじょう・とう 72年生まれ。『道化師の蝶(ちょう)』で芥川賞。

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