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「ニュートンと贋金づくり」書評 「怖い官僚」になった大科学者

評者: 荒俣宏 / 朝⽇新聞掲載:2013年02月17日
ニュートンと贋金づくり 天才科学者が追った世紀の大犯罪 著者:トマス・レヴェンソン 出版社:白揚社 ジャンル:自然科学・環境

ISBN: 9784826901673
発売⽇:
サイズ: 20cm/333p

ニュートンと贋金づくり [著]トマス・レヴェンソン

 あの大科学者ニュートンは「金」に縁がある。長年ひそかに研究したのは錬金術だったし、当時の錬金術は「贋金づくり」と同義語に考えられた危ない探究だった。また晩年、彼は大バブル事件として有名な「南海泡沫(ほうまつ)事件」に乗っかり、長年蓄えた財産を投資してみごとに失敗した。
 だが、王立造幣局の官僚となったニュートンが、英国経済を銀本位制から金本位制に変える方向付けを行ったことはほとんど知られていない。
 30歳以前に科学上の大発見を連発したニュートンも、さすがに後半生は静かな思索生活に飽きあきしたらしく、名誉職であり実入りもいい王立造幣局監事という「閑職」を受けるのだが、あいにく当時の英国経済は崩壊の瀬戸際にあり、贋金づくりが横行していた。ハンマーで手打ちされた粗雑な古い硬貨は、縁や表面を削り取れば銀がいくらでも掠(かす)め取れるし、機械で打ちだす新たな硬貨も、肝心の金型がロンドン塔内の造幣局から盗み出されていく。
 さらに、金属としての銀も値段が海外よりも安かったので、銀貨が溶かされ国外へ流出しつづける。国内には銀貨が尽き商売もできないのだ。ニュートンは就職早々、英国経済の救世主として陣頭指揮をとらざるをえなくなる。
 厳格で完全主義者、しかも信仰あつい英国紳士ニュートンは、ここではじめて天職を得たといえる。いきなり造幣局の全システムを改革し、硬貨の改鋳にとどまらず事実上の紙幣発行を軌道に乗せ、ついに金本位制への転換も視野に入れていく。この改革は役人の生産性など綱紀粛正にも及ぶが、それを阻む最大の敵がいた。怪しげな性具の販売人からのしあがって官僚をも牛耳る贋金づくりのボスとなった悪党である。
 ニュートンはこの黒幕を死刑台に送るべく恐ろしいほど執拗(しつよう)な捜査を開始する。
 こんな怖い官僚、見たことない!
    ◇
 寺西のぶ子訳、白揚社・2625円/Thomas Levenson マサチューセッツ工科大教授、サイエンスライター。