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階級「断絶」社会アメリカ 新上流と新下流の出現 [著]チャールズ・マレー

[評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)

[掲載]2013年03月24日

[ジャンル]社会 国際

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■「真のエリートとは」を問う

 実に挑発的な米国論だ。
 貧困や格差に関する本なら山ほどある。しかし、過去50年間に及ぶ豊富なデータを駆使して著者が描き出すのは、もはや同じ米国人としての行動様式や価値をほとんど共有しない今日のエリート階級と労働者階級の絶望的なまでの「断絶」だ。
 そのうえで「勤勉・正直・結婚・信仰」という「建国の美徳」を保持しているのはエリート階級であり、幸福の基軸を成す「家族・仕事・コミュニティ・信仰」においても優れているとする。
 かたやその対極にあって米社会の伝統的美徳を蝕(むしば)んでいるのが増加の一途を辿(たど)る労働者階級だと結論づける。
 これだけでも物議を醸すのに十分だが、保守派(リバタリアン)の論客である著者は、その是正のために政府が介入すべしという、ヨーロッパ型の福祉国家の前提にある人間観や世界観を徹底的に批判する。日本のリベラル派も一考する価値はありそうだ。
 「伝統」をめぐる著者の解釈や分析には疑問が残る。神経学や生物学の援用には慎重であるべきだとも思う。
 しかし、最終章で著者が展開する「見かけ倒しのエリート」への批判は含蓄が深い。
 曰(いわ)く、自らの良識に自信が持てぬまま、悪(あ)しき中立主義に流れ、卑俗な行動様式や価値を甘受する。自らの特殊な世界に籠(こ)もり、市井の米国人からますます孤立する一方、国の命運にはより大きな影響力を行使しようとする……。
 そして、この点においてはリベラル派も保守派も同罪という。左右のイデオロギー対立や政治的分断ばかりに目が奪われがちな昨今、米社会が抱えるより構造的かつ根源的な問題を抉(えぐ)り出そうとする知的態度は好感が持てる。
 格差社会や社会的紐帯(ちゅうたい)の断章化が進む現代にあって「真のエリート」とは何か。エリート論が忌避されがちな日本の言論界にとっても十分に挑発的な一冊だ。
    ◇
 橘明美訳、草思社・3360円/Charles Murray 43年生まれ。米国の政治学者・コラムニスト。

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