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鉞子―世界を魅了した「武士の娘」の生涯 [著]内田義雄

[評者]出久根達郎(作家)

[掲載]2013年05月12日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■隠れた名著の素性、明らかに

 司馬遼太郎の長篇(ちょうへん)『峠』は、主人公の河井継之助が上京を願って、長岡藩筆頭家老の稲垣宅に日参する場面から始まる。後年、二人は藩の存亡の機に対立する。
 時代が下って、主君に殉じた河井は武士の鑑(かがみ)とはやされ、稲垣は腰抜け者と評された。『峠』の取材に長岡を訪れた司馬は、郷土史家に『武士の娘』という本を教えられた。「大読書家」の司馬も初めて耳にする書名だった。
 作者は杉本鉞子(えつこ)、筆頭家老稲垣の娘である。金太郎のかつぐ鉞(まさかり)の如(ごと)く強い娘になってほしい、と名づけられた。在米の日本人と婚約、英語を学ぶため十四歳で上京し、ミッションスクールに通う。
 渡米後、英語で『武士の娘』を出版、ベストセラーとなる。女の子は「きの字」の形に体を曲げて就寝することや、手習いの師の前では不動の正座であること、など幼少女期に受けたしつけや見聞をつづった。アインシュタインや、インドの詩人タゴールらに愛読された。日本文化論『菊と刀』の著者ベネディクトは、本書に触発されて日本研究に励んだ。
 しかしわが国で知られるようになったのはごく近年である。長岡出身の著者もご存じなかった。人に教えられ発奮して調査、本書をまとめた。鉞子の人となりや家族、経歴を明らかにした。何より『武士の娘』の執筆には、偉大な同性の協力者がいた事実を突きとめた。日本の情緒をアメリカ人にわかりやすく伝えるため、適切な助言をしてくれ、また文章に独特の芳香を加えてくれた。彼女は手紙や日記を残していない。縁の下の力持ちに甘んじ、徹していた。
 鉞子は渡米前、浅草の小学校で准教員をしている。同年の樋口一葉が近くにいた。『武士の娘』が邦訳出版されたのは、戦時下の昭和18年。「敵国」に称賛された本が、なぜ必要とされたか。翻訳者といい、この辺の事情をも少し知りたかった。
    ◇
 講談社・1680円/うちだ・よしお 39年生まれ。NHKでスペシャル番組プロデューサーなどを務め、96年退職。


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