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民族衣装を着なかったアイヌ―北の女たちから伝えられたこと [著]瀧口夕美

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2013年09月01日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■それぞれの語りに耳を傾ける

 本書は、アイヌの母と日本人の父とのあいだに生まれ、阿寒湖のお土産屋さんで育った四十代前半の著者が、自らのルーツとアイデンティティーについて真摯(しんし)に考えた記録だ。
 著者は、親戚をはじめとするアイヌの人々、樺太の少数民族ウイルタの老女など、さまざまなひとから話を聞く。冬の川の様子。サケ漁や狩猟の思い出。夫婦や家族の歴史。語り手たちの人柄が生き生きと伝わってきて、読んでいて何度も笑い、涙した。
 かれらの語りや、著者がたどる先祖の足跡から浮かびあがるのは、明治期以降の「同化」政策と戦争がもたらした影だ。アイヌだけでなく樺太に住む少数民族も、日本語を話し、日本式の生活をしなければならなくなった。
 しかし同時に、かれらは強制的な「日本化」に静かに激しく抵抗し、民族の言葉や文化風習を決して捨てなかった、という事実も浮かびあがってくる。著者の曽祖父は同胞と会い、ほとばしるようにアイヌ語でしゃべりだす。それまで家族ですら、彼がアイヌ語を話せることを知らなかったのに。「アイヌは滅んだのではなくて、生活スタイルを変えながら今に至ったのだ」と著者は言う。
 「自分とは」「民族とは」と常に問いつづけなければならない苦しみは、私などが察しきれるものではないと思うが、しかし本書を読んで、その一端を知り、感じることはできた。決して声高にならず、「アイヌ」や「少数民族」と大雑把にくくることなく、そのひとそれぞれの語りに耳を傾け、熟考し、感じ、書物の形で我々に届けてくれた著者のおかげで。
 親子、言語や文化、歴史について、改めて考えるきっかけにもなる、普遍性を持った一冊だ。アイヌの老女が語る壮絶すぎる夫婦げんかなど、笑い事ではないが笑ってしまう話も随所にある。一読を強くおすすめしたい。
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 編集グループSURE(電話075・761・2391)・2625円(送料210円)/たきぐち・ゆみ 71年生まれ。

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