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「微生物ハンター、深海を行く」書評 潜水艇が切り開く研究現場を追体験

評者: 川端裕人 / 朝⽇新聞掲載:2013年09月01日
微生物ハンター、深海を行く 著者:高井 研 出版社:イースト・プレス ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション

ISBN: 9784781610061
発売⽇:
サイズ: 19cm/381p

微生物ハンター、深海を行く [著]高井研/ぼくは「しんかい6500」のパイロット [著]吉梅剛

 日本には世界に誇る有人潜水艇しんかい6500がある。海洋研究開発機構(JAMSTEC)によって運用され、1989年から四半世紀にわたり深海底の調査に活躍してきた。
 『微生物ハンター、深海を行く』は、同機構の微生物研究者の青春物語。一人の「ナニモノでもない」(しかし威勢の良い)学生が、いかに道を見つけ「青春を深海に捧げよう」と誓うに至ったか。情熱と挫折、偶然と必然、障害と突破を赤裸々に述べる。表紙は青い海に潜行するしんかい6500で、涼感溢(あふ)れる造りだが、騙(だま)されてはいけない。中身はこれでもか!というほど暑苦しく、猛烈な筆圧を感じさせる。インド洋での潜行の様子を描く章では、新種の生き物を発見して「キタァァァァァァー!!…ボクは無意識に叫んでいた。興奮して…ガンガン唾(つば)を飛ばしながら、コックピットの床をドンドン足で蹴飛ばし、自分の太ももを手でバシバシ鳴らしながら、叫びまくった」とくる。そして、このテンションがずっと落ちない。
 加えて、本書で追究される学術的テーマも魅力的。「人類究極のテーマ」といえる生命の起源の探究で、深海が注目されて久しいが、著者はその中でも「ウルトラHキューブリンケージ」という特定の条件(ある種の岩石、熱水、水素)を満たす場所が重要だったと考える。従来、太古の地球にそのような場所はほとんどなかったとされていたものの、地質学、地球化学といった異分野との横断的な研究の中で、常識がひっくり返り、むしろ普遍的に有り得たと認められていく。その過程は研究の醍醐味(だいごみ)を伝えてくれる。
 同時期に出版された『ぼくは「しんかい6500」のパイロット』の著者は、表題通り潜水艇パイロット。前書と表紙写真まで同じだが、内容はほとんど重ならない。巨大深海魚に体当たりされる手に汗握る体験、熱水に集まるユノハナガニの産卵を偶然目撃する挿話などは、研究者に比べて圧倒的に長い潜水時間ゆえ遭遇したものだし、艇の運用の実際を述べる部分は細部の記述が楽しい。潜水艇は何度も装備を刷新しており、深海のサンプルを採集するための「腕」(マニピュレーター)のコントローラーが、代を経るたびにゲーム機に似てくるのにはニヤリとさせられた。さらに立場上、様々なタイプの研究者を横断的に見ているのも面白い。深海に行ったドイツ人研究者が「海は生き物のスープ」と表現するのは『微生物ハンター…』の著者とは違ってクールな印象だが、それでもやはり通底するものを感じさせられる。
 視点の違う両書で、今非常に注目される深海探査を追体験できる幸せは格別である。
    ◇
 『微生物ハンター…』イースト・プレス・1680円/たかい・けん 69年生まれ。海洋研究開発機構の研究者▽『ぼくは…』こぶし書房・1890円/よしうめ・つよし 68年生まれ。海洋研究開発機構の「しんかい6500」元潜航長。