書評・最新書評

死後に生きる者たち―〈オーストリアの終焉〉前後のウィーン展望 [著]マッシモ・カッチャーリ

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2013年09月15日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■めくるめく思弁の「連作歌曲」

 著者は、ネグリ、アガンベン等と並ぶ現代イタリアを代表する思想家であり、大作オペラ「プロメテオ」など作曲家ルイジ・ノーノ(故人)との共同作業でも知られ、更にはイタリア下院議員及び2度にわたりベネチア市長を務めた政治家でもある。だが本書が扱うのは、19世紀末から20世紀初頭、いわゆる転換期のオーストリア、ウィーンにおける文化・芸術だ。
 ニーチェに由来する「死後に生きる者たち」という印象的な題名(もっともこれは英語題名で、原題は「シュタインホーフから」。シュタインホーフはウィーンの森に位置する精神科病院敷地内にある有名な教会)は、この本の主役のひとりであるウィトゲンシュタインの次の言葉と響き合っている。「自分のいる時代に先んじているだけの者は、その時代にいずれは追いつかれる」。私たちは著者の博覧強記に誘われて、それから1世紀後の、ウィーンから遠く離れた日本という国で、「死後に生きる者たち」のめくるめく思弁に触れることになる。
 召喚される作家、芸術家は、ホーフマンスタール、クラウス、ヴァルザー、トラークル、ムージル、ロース、ベルク、ヴェーベルン等々。著者は本書を“連作歌曲”になぞらえている。論理を尽くして主題を収斂(しゅうれん)させてゆくことよりも、荒々しい泉のごとく湧き出る連想を、自由に、だが厳格に押し広げていって、やがて叙述はそれ自体が、豊饒(ほうじょう)な意味が折り畳まれた音楽、複雑に織り重なりあった建築物のような様相を呈する。
 本書は有用な知識や省察を得るためのものではない。おびただしい固有名詞と、その交点から導き出される無数の光輝を浴びるための書物である。その輝きは、ただ時代に先んじようとしているだけの者には価値がないのかもしれない。だが、本書が語っているように、あからさまに反時代的であるからといって、死後を生き延びないとは限らない。
    ◇
 上村忠男訳、みすず書房・4200円/Massimo Cacciari 哲学者、政治家。著書に『必要なる天使』など。

関連記事

ページトップへ戻る