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ボラード病 [著]吉村萬壱

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2014年08月10日

[ジャンル]社会

表紙画像

■寓話を超えて迫り来るリアル

 これは寓話(ぐうわ)ではない。
 最後に教訓は語られず、呪詛(じゅそ)で終わる。
 そしてどんなノンフィクションよりもリアルであり、切実に心のどこかに迫る。あたかもカフカの短編のように。
 一人の少女が日本にいる。
 かたくなな態度で日々を送る狂気じみた母と、少女は生活している。
 海塚市という場所で。人がぽろぽろ死に、だが死因が明かされないような町の中で。
 同調圧力に満ち、自分たちの共同体が受けた傷を無理やり忘れ去ってしまおうとし、かえってわけもなく誇りを持つことを強要し合い、町の行事ではその賛歌を歌い、学校ではきれいごとだけを教え、その奥底で破滅がひたひたと低い波音をさせている事実に目をつぶり、耳をふさぎ、だからこそ他人にも同じように“絆”を求め続ける土地。
 これは寓話ではない。
 すでに起きてしまい、毎日進行している本当のことだ。
 大きな災害がどうやらあり、以来私という少女の身の回りには、こわばった集団心理が壁のようにそびえ、違和感を口に出来ない者の孤立が深まっていくばかりだ。
 東日本大震災後の社会そのものの硬直、痙攣(けいれん)を小説でしか出来ない方法で描いた作者は、作品が“戦前”へ転がるように近づく一国の核心までつかむことになるのを果たして望んでいただろうか。そこまで“ボラード病”が進むのを。
 そうならないことを願いながら鬱勃(うつぼつ)とした気持ちで書いたに違いないと思う私は、最小の関係を描く小説という病が、大きな社会の病の全貌(ぜんぼう)を余すことなく映してしまうことの恐ろしさにも震える。
 小説という病は、社会を解毒する特効薬ではない。だが、相手の仕組みを明らかにする。色や匂い、菌の組成を。そして、時には抵抗力になる。
 であれば、『ボラード病』は日本中に蔓延(まんえん)する“ボラード病”のワクチンとして、多くの人の体内に侵入して欲しい。
    ◇
 文芸春秋・1512円/よしむら・まんいち 61年生まれ。作家。03年、『ハリガネムシ』で芥川賞。

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