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「島原の乱とキリシタン」書評 史料をして歴史を語らしめる

評者: 本郷和人 / 朝⽇新聞掲載:2014年10月26日
敗者の日本史 14 島原の乱とキリシタン 著者:関 幸彦 出版社:吉川弘文館 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784642064606
発売⽇: 2014/08/08
サイズ: 20cm/275,6p

島原の乱とキリシタン [著]五野井隆史

 1637(寛永14)年10月に始まった島原の乱は、日本史上最大の一揆であった。3万人あまりが蜂起して原城に立てこもり、10万人以上の幕府軍と戦った。4カ月の攻防の末に城は陥落。一揆勢の大半は殺害された。
 一揆勢とは何ものか。その中核部分は浪人(つまり武士)であるという。あるいは、重税に苦しむ農民であるという。さらにはキリシタン、ともいう。島原半島や天草はキリスト教の信仰が盛んな地域で、幕府は弾圧をくり返した。追い詰められたキリシタンたちは、武器を手に立ち上がったのだ、と。本書はおもにこの理解に立つ。キリシタンの動向を詳細にあとづけながら、乱の様子を精査する。
 歴史を叙述するとはどういう作業か。エピソードをちりばめ、わかりやすく人物や事件の様子を伝える。これは一つのやり方。従来の解釈を紹介し、問題点を指摘して、それに換わる自身の考えを推し出す。これも一つのやり方。だが、異なる方法がある。自分は後ろに退いて出しゃばらず、歴史資料を厳選して論旨を構成する。史料をして語らしめる。これが一番むずかしい。だが、もっとも客観的に歴史を語り得る。史料を熟知する著者が選択したのは、まさにこのやり方である。
 著者は長くイエズス会資料の編纂(へんさん)に従事した、キリスト教史の第一人者。彼が信頼すべき史料として選んだのは宣教師のレポートであり、これを基軸とした、精緻(せいち)な分析が展開される。その成果は今後の研究の道しるべとなろう。
 史料は日本語になっているが、読むのが容易であるとは言いがたい。だから、いつもより少しだけ時間を多めにとって、チャレンジしてほしい。大げさな身ぶり手ぶりや慨嘆はない。だがそれゆえに、キリシタン迫害の凄惨(せいさん)さがいっそう胸をうつ。本を閉じるときには、名もなき人々の、悲痛な運命を思わずにいられない。静かで重い一冊である。
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 吉川弘文館・2808円/ごのい・たかし 41年生まれ。東京大学名誉教授(キリシタン史)。『支倉常長』など。