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戦国の日本語—五百年前の読む・書く・話す [著]今野真二

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2015年04月19日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■繊細に変わる「ことば」を探求

 平安時代、ことばを自在に操ることができたのは、貴族と上級の宗教者に限られていた。鎌倉時代になると教養を獲得した武士が自己を主張するようになり、室町時代には多くの庶民もぎこちなくかな文字を書き始める。下克上の戦国時代、これらの動きは渾然(こんぜん)一体となり、ことばは列島に生きる人々みなのコミュニケーション・ツール、共有財産となった。本当の意味で、日本語が成立したのだ。
 戦国時代には、どのような日本語が書かれ、読まれ、話されていたのだろうか。本書は、和風漢文で叙述された貴族(とくに三条西実隆〈さんじょうにしさねたか〉という人物)の日記に文章表現の形態をさぐり、当時の辞書である『節用集』を用いて「生のことば」とその背後にある文化を考察する。また宣教師が遺(のこ)した文献を用いて発音や読みの実態にせまり(横文字で書いてあるので、発音がリアルに分かる)、農民から関白へ駆け上った豊臣秀吉の手紙を分析して、天下人(彼は基礎的な教育を受けていない)のことばの再現を試みる。
 大河ドラマ「平清盛」の時代考証をしていたとき、私はよく質問された。清盛は京の人間なのに、なぜ関西圏の言語を使わないのか、と。歴史資料で確認できるのは「書きことば」だけで、それは「話しことば」とは異なるから、清盛がどうしゃべったかは分かりません。そう答えるのが精一杯だった私は、ならば簡便に戦国時代の話し方を知ろう、と本書にすがった。
 もくろみは、みごとにはずれた。本書は安直、かつ大ざっぱな説明を旨としない。精密に、様々な角度から「500年前のことばの世界」を探求し、その成果を私たちに伝えようとするものである。「神は細部に宿る」という。時代・社会とともに繊細に移り変わることばを語るとき、著者の着実でけれんのない視点は、その本質に迫るアプローチとして、まことにふさわしいといえるだろう。
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 河出書房新社・1728円/こんの・しんじ 58年生まれ。清泉女子大教授(日本語学)。『辞書をよむ』など。

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