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エノケンと菊谷栄—昭和精神史の匿れた水脈 [著]山口昌男

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2015年04月19日

[ジャンル]人文 社会

表紙画像

■喜劇王と座付き作者の浅草

 長年、故人が思いをこめて書いた稿を、編集者が形を整えて刊行した書である。文化人類学者の著者は、たまたまエノケン(榎本健一)に菊谷栄という座付き作者がいると聞き、それが執筆の動機であったという。
 二人を追って大衆演劇の裏側、喜劇王と座付き作者の才能を説き明かし、大正・昭和初期の浅草レヴューの内実を描こうとした書とわかる。その志を果たさずに逝った著者の無念さが随所から窺(うかが)える。菊谷は青森生まれ、地元で製図工として働くが、やがて上京し、日大に入学する。友人の縁で歌舞伎に目ざめるが、エノケンと知り合って浅草へ。そこでレヴューの台本を書き、昭和初期には「エノケンなくして菊谷なく、菊谷なくしてエノケンはない」という時代をつくっていく。
 著者は、エノケンの前半生を丹念に見て、日本のレヴュー史がどのように変化したか、どのようなテーマ、内容が好まれるかも紹介している。エノケン一座を通しての芸人たちの離合集散、アメリカものを求める観客などにもふれていて、著者は重要な指摘を試みている。とくにエノケンは「契約」とは別の次元にいて、「エノケンが資本制に基づいて行動する人間だったら、あのように魅力ある演技者にはならなかったろう」との分析には考えさせられる。
 浅草が、アナーキーな活力を保障した、と著者は断じ、宝塚の小林一三の「教育者的合理主義に基づく資本制の精神」から生まれる役者とは異なっていたというのも十分に納得できる。
 本書のもう一つの特徴は、同時代の演劇人(久松一声、蘆原英了、村山知義など)が、エノケンをどう見たかを紹介している点だ。劇評家の友田純一郎は、菊谷が日本の新しいレヴュー・オペレッタをつくる才能を持っていたと賞(ほ)めている。
 それだけに三十代半ばで戦死した菊谷が痛ましい。
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 晶文社・2484円/やまぐち・まさお 1931~2013。文化人類学者。著書に『「挫折」の昭和史』など。

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