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遠すぎた家路 戦後ヨーロッパの難民たち [著] ベン・シェファード

[評者]吉岡桂子(本社編集委員)

[掲載]2015年05月17日

[ジャンル]歴史 国際

表紙画像

■数百万人、大戦最大の「後遺症」

 欧州は歴史のかさぶたに覆われている。乾いて癒えたように見える皮膚もあれば、血がにじんでいる傷口もある。
 その一枚をめくると、第2次世界大戦が欧州に残した数百万人の難民の苦難の物語があった。英国のテレビプロデューサーだった著者が、大戦最大の「後遺症」をドキュメンタリーのように描く。戦争の記憶や記録は「民族ごとに構築されてきた。客観的に書くのは容易ではない」と自覚しながら、民族や国家の枠を超えた歴史の俯瞰(ふかん)に挑んだ。
 舞台は、1945年の終戦をはさんだ約10年間のドイツ。主役となる「難民」は、ヒトラーの大虐殺を生きのびたユダヤ人だけではない。ナチス時代に欧州各地から強制連行された労働者、自発的な出稼ぎ、戦争捕虜、共産主義の旧ソ連から逃れようとした人……。ポーランド、ウクライナ、ユーゴスラビア、バルトの国々など、さまざまな背景を持つ人々が難民として吐きだされ、迫害や伝染病、飢えの恐怖にさらされた。
 彼らはどこからどのようにやって来たのか。そして、どこへ行ったか——。時が過ぎたからこそ出てきた記録や当事者の証言を生かしながら構成する。外国人への嫌悪や差別をあけすけに語る人がいる。連合国が設けた難民を支援する国際機関の収容所には、「上から目線」の偽善もある。悲劇に潜むきれいごとだけではない生々しさが、欧州の大きな歴史を人々の物語に紡ぎ直している。
 難民は、米国が深くかかわった欧州の復興や東西冷戦、イスラエルの建国といった世界の歴史の渦の中にありながら、その潮流を作る存在にもなったという。著者が戦後の出発点とする「難民危機」を追うと、和解と統合の「優等生」では語り切れない欧州の苦悶(くもん)と打算が見える。戦時の強制労働の問題、移民の受け入れや民族主義への向き合い方など、日本がいま抱える課題への示唆に富んでいる。
    ◇
 忠平美幸訳、河出書房新社・5076円/Ben Shephard 48年生まれ。歴史・科学ドキュメンタリーを多く手がける。

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