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「保存修復の技法と思想」書評 破壊すれすれの技に問う美

評者: 五十嵐太郎 / 朝⽇新聞掲載:2015年06月28日
保存修復の技法と思想 古代芸術・ルネサンス絵画から現代アートまで 著者:田口 かおり 出版社:平凡社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784582206432
発売⽇: 2015/04/10
サイズ: 22cm/333p

保存修復の技法と思想―古代芸術・ルネサンス絵画から現代アートまで [著]田口かおり

 保存修復と聞くと、地味なテーマと思われるかもしれない。だが、本書はきわめてアクティブな美術論になっている。なぜなら、保存とは、時間、作品の同一性(アイデンティティ)、そして記憶とアーカイブをめぐる哲学的な問いを内包しているからだ。
 著者は、イタリアの美術史家チェーザレ・ブランディの修復理論を主軸に据え、古美術から現代アートまでを射程に入れ、様々な事例を検討する。わざと古く見せる「古色」、ときに作品を傷つける「洗浄」、絵を剥いで貼り替える「支持体移動」などを考察するが、そもそもこうした技法は破壊・偽造・贋作(がんさく)と紙一重だ。バーネット・ニューマンの絵画切り裂き事件の処置をめぐる論争。そして脆(もろ)い素材を使う現代アートがもたらす新しい課題。美術の本質とは何かを考えさせられるだろう。
 徹底的にアカデミックな書籍なのだが、推理仕立ての歴史小説のネタにも使えそうなエピソードが多く、楽しんで読むことができる。
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 平凡社・5184円