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「この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた」書評 思考実験で問う、もの作りの原点

評者: 島田雅彦 / 朝⽇新聞掲載:2015年08月09日
この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた 著者:ルイス・ダートネル 出版社:河出書房新社 ジャンル:自然科学・環境

ISBN: 9784309253251
発売⽇: 2015/06/16
サイズ: 20cm/347p

この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた [著]ルイス・ダートネル

 冷戦時代の世界終焉(しゅうえん)イメージは核戦争による破局とその後の世界を想像することで磨き上げられた。放射能汚染された廃墟(はいきょ)で、どのようにサバイバルするのか、通俗的に定着したのは、「マッドマックス」やその焼き直しでもある「北斗の拳」に見られる弱肉強食の無法地帯のイメージだった。
 現在は核戦争に加え、化石燃料の過剰消費による地球温暖化やパンデミック、未曽有の大地震や大津波、原発事故など「大破局」をもたらす要因は増えたともいえる。私たちは人命救助や避難生活、都市インフラの復興には想像力が及ぶ。誰しも戦時下の窮乏生活や経済封鎖下で、あるいは震災や大停電を通じて、百年、二百年前の生活に逆戻りした経験があるからだ。人類はそのような「小破局」には馴(な)れている。だが、「大破局」は文字通り人類と文明の滅亡であるから、その先のことを考えても意味がないと思い倣わしてきた。
 それでも「大破局」後を生き残る者もいるだろう。彼らは罪悪感や義務感から、あるいはいつまでも石器時代にとどまっていたくないという思いから、失われた文明の保存あるいは復活を目指すかもしれない。それは高度な分業を自明としてきた現代人には大いなる試練となる。今までスーパーやホームセンターで簡単に手に入れられたものを全て自分で作り上げなければならないからだ。最初の何年かは廃墟での狩猟採集でしのげるだろうが、やがて、農業を始めなければならず、それに伴い、様々な道具、部品、機械を自分で作り、労働効率を上げたくなる。その場合は燃料や電力も手に入れたくなるし、ほかの生き残りとの接触を図るために移動や輸送、通信の手段を確保する必要が生じるし、病気になれば、薬がいる。
 本書は石器時代から古代オリエント文明、中世を経て、一気に産業革命まで一人で駆け抜ける思考実験であるが、SFではない。今日の文明生活を支えているあらゆる技術や道具を開発された時点にさかのぼって、ものつくりの原点を検証する極めて実用的な書なのである。近頃の狩猟や農業、家内制手工業への回帰傾向は、単なる懐古趣味にとどまらず、消費文明の黄昏(たそがれ)の後に巡ってくる危機の時代に対処するための準備となる。むろん、文明の再建はゼロからは始められない。過去の技術や叡智(えいち)を蓄積する図書館や博物館は再建の出発点になる。知性なしに文明は築かれない。このあまりに自明なことが、弱肉強食を声高に叫ぶ新自由主義者と反知性主義者の結託によって、忘れられようとしている。しかし、破局によって、真っ先に滅びるのは彼らであることも確かである。
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 東郷えりか訳、河出書房新社・2484円/Lewis Dartnell 80年、イギリス生まれ。英レスター大学イギリス宇宙局の研究者。専門は宇宙生物学。新聞や雑誌に科学記事を執筆する傍ら、講演やテレビ出演などの活動もこなしている。