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ゴッホ・オンデマンド—中国のアートとビジネス [著]ウィニー・ウォン・イン・ウォング

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2015年10月04日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■伝統産業の複製画に創造性?

 中国の経済特区、深セン(シンセン)市郊外の大芬(ダーフェン)村は、世界の複製画の6割を産する土地である。そう聞いて、違法な偽造業者と闇工場を想像する人は、この本が伝える実態と考察に、考えこんでしまうだろう。
 大芬村の油絵は田舎から出てきた画工とその家族による家内制手工業的な零細工房でつくられることが多い。大量受注時の「流水線」すなわちラインを組んだ流れ作業でも基本的に手作業だ。そっくりに真似(まね)るのではなく自由闊達(かったつ)に描くよう指導される。かれらは非人間的に疎外された工場労働者だという先入観は、肩すかしをくらう。
 ゴッホの複数の絵を合わせて新しいゴッホの肖像画をつくるというのはまさに、独創的な創作活動ではないか? パロディやレディメイドで作家性に疑問を投じるポストモダン・アートと大芬村の絵画産業の類似点に、著者は注目する。他方、大芬村に関心を持つグローバルなコンセプチュアル・アーティストらの活動には、画工たちを一種の見せ物に仕立て上げたり、西洋絵画の崇拝者と誤解したりするような側面もある。しかし大芬村アートの最大の消費者は、アメリカの大手スーパーやヨーロッパのホテルチェーンだ。そして中国の欧州向け輸出用絵画制作は、18世紀以来の伝統産業なのである。
 概念的論考が骨子をなす本だが、画工たちの元締である老パン(ラオパン)たちとの面談、ゴッホの「専門家」への弟子入り体験など、具体的な話がおもしろい。「向日葵(ひまわり)」の描き方の懇切な指南など、わたしでも訓練すればゴッホが描けそう。さらに知的財産保護を意識するようになった中国政府の創造的生産奨励キャンペーン、エリート美術学院卒生の複製蔑視と写生(シェシェン)偏重の価値観は、政治と芸術の密接な関係を照らす。
 オリジナルとは、優れた技法とは、芸術の目的とはなにか。異なる価値観がいくつも衝突する現代中国を舞台に、刺激的な問いが浮上する。
    ◇
 松田和也訳、青土社・4104円/Winnie Won Yin Wong 米カリフォルニア大学バークレー校助教授。

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