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中欧の詩学―歴史の困難 [著]ヨゼフ・クロウトヴォル

[評者]杉田敦(政治学者・法政大学教授)

[掲載]2015年10月11日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■弱さ自覚して精神の自由保つ

 ドイツとロシアにはさまれた、オーストリア・チェコなどの地域は、しばしば自らを中欧と定義する。大国によって翻弄(ほんろう)され続けたこの地域では、独特の文化が育まれた。チェコの評論家クロウトヴォルは、その特徴を深い愛情と共に書き記す。
 そこでは、「時として外圧があまりにも強いので、この閉鎖的空間に住んでいる諸民族の存在そのものが脅かされる」。西欧で人間の作為としての歴史が順調に流れ、東欧で専制権力の下で歴史が「永遠のように」停滞するとすれば、中欧では、歴史は「不条理な」ものとなる。それは自分たちの手で切り開けるリアルなものというより、「壮大な見世物」のように映るのだ。
 かくして、中欧では笑劇や人形劇、そしてアネクドート(風刺的な小話)が高度に発達する。チェコの代表的な作家の一人ハシェクは、兵士シュヴェイクをめぐる物語で、「戦争の概念をひっくり返し」た。シュヴェイクが経験する戦争とは、「軍事的栄光」を伴う英雄的なものではなく、「行きつけの飲み屋に座ってビールを飲み、お喋(しゃべ)りを」するような日常的な逸話の連なりにされてしまう。
 チェコを代表するもう一人の作家カフカは、一見したところ、ハシェクとは対照的である。ハシェクの小説が「冗談そのもの」なら、カフカの小説は「深刻さそのもの」だから。しかし、カフカの『審判』の主人公ヨーゼフ・Kもシュヴェイクも、「静かで、几帳面(きちょうめん)で、規則正しく、小市民的」な人物である。それが突然、わけのわからないところに、すなわち前者は裁判所に、後者は軍隊に呼び出される展開はまったく同じだとクロウトヴォルは指摘する。
 巨大な力によって操られる自らの弱さを自覚することで、巨大な力を相対化し、精神の自由を保とうとする。それが中欧の文学であるとすれば、そのしたたかさに学ぶべきことは多いだろう。
    ◇
 石川達夫訳、法政大学出版局・3240円/Josef Kroutvor 42年生まれ。評論家。『メドゥーサの首』など。



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