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ガイトナー回顧録—金融危機の真相 [著]ティモシー・F・ガイトナー

[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)

[掲載]2015年10月18日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■逆風そして逆風、資金注入の決断

 本書は、ニューヨーク連銀総裁、第1期オバマ政権の財務長官として、世界金融危機と格闘した男の、緊迫感に満ちた物語である。
 「ニューエコノミー」ともてはやされた2000年代の米国、好景気の終焉(しゅうえん)は、突然やってきた。07年に住宅価格が下落に転じ、住宅ローンの貸し倒れが広がった。当初著者は、事態を楽観していた。だが問題は、燎原(りょうげん)の火のごとく広がり、大変だと気づいた時にはもはや手遅れとなっていた。
 住宅金融の内部崩壊は、米国金融システムの中枢を直撃したのだ。投資銀行メリルリンチ、世界最大級の銀行シティグループが次々に火を噴き、巨額損失を出した。政府系住宅金融機関のファニーメイとフレディマックは、公的資金注入を受けてようやく生き延びた。だがこの救済は、世論のすさまじい憤激を呼び起こす。なぜ、「悪い奴(やつ)ら」を救うのかと。
 著者の立場は一貫している。彼らを見殺しにすれば、金融市場のパニックが起き、連鎖倒産と大量解雇が生じる。数百万の人々が家を失い、貧困線以下に滑り落ちる。それを防ぐには、危機を終わらせるべく行動するしかない。
 08年、国民の怒りが渦巻く中で、投資銀行リーマン・ブラザーズが経営危機に陥る。著者は、救済スキームの構築に奔走するが、民間金融機関は、火中の栗を拾わず、公的資金注入はタブー化していた。最後の頼みの綱は、英銀バークレイズによる買収策だった。それが成案になりかけた瞬間、今度は、英国監督官庁が不承認を伝えてきた。英国金融システムへの悪影響を恐れたのだ。
 万策が尽き、リーマンは崩れ落ちた。株式市場を激しい動揺が襲い、株価が急落した。弱った金融機関からは、大量の資金が流出し始め、実体経済が奈落の底にずり落ち始めた。ここに来てついに議会は、政府による不良資産の買い上げ予算と、財務長官に無限の権限を付与する「不良資産救済プログラム」を、超党派で可決した。
 これが転機となった。財務長官に就任した著者は、「ストレステスト」によって金融機関の健康状態を正確に把握した上で、上記プログラムを使って資本を注入した。金融市場の動揺は収まり、経済は底を打って上昇し始めた。政府は何と、投下した公的資金を回収しただけでなく、収益を得たのだ。
 本書の叙述の随所に、バブル崩壊後の日本が、反面教師として出てくる。日本は戦力の逐次投入で問題の根本解決に失敗し、10年以上、金融危機に苦しんだからだ。これを、米国がいかに大量の公的資金を集中的に投下して問題解決したかを示す図(本文460ページ)と、ぜひ比べてほしい。我々は、「次」はうまくやれるだろうか。
    ◇
 伏見威蕃訳、日本経済新聞出版社・4320円/Timothy F.Geithner 61年米国生まれ。財務官僚として90~92年、東京に駐在、クリントン政権下では国際担当次官。03年、42歳でニューヨーク連邦準備銀行総裁に就任。09~13年、第75代財務長官。

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