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インディオの気まぐれな魂 [著]エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2016年01月24日

[ジャンル]人文

表紙画像

■「野蛮人学」からの大転回を牽引

 16、17世紀、ブラジル沿岸部の民族トゥピナンバの「気まぐれ(インコンスタンシア)」に、宣教師たちは悩まされた。気軽にキリスト教徒になり、すぐまた「悪習」に戻る。とくに戦争、捕虜の殺害・食人儀礼、報復戦という一連の慣習は戦士たちの生きがいで、なかなか止められない。イエズス会士ヴィエイラは、いわば植物性の手なずけにくさを先住民族に見いだしたという。矯(た)めやすく一見従順だが、すぐに枝葉を伸ばし、元の姿に戻ってしまう。
 「野蛮人」は矯正しなくてはいけない、という考えはいまも根強い。反対に先住民族こそ「自然」という理念もまた、強固だ。いずれも見る側が見たいものを先住民族に投影して生じたイメージによるものである。重要なのは、と著者はいう。宣教師たちの記録が、彼らが体験した異文化のなにがしかの実態を反映しているということだ。「気まぐれ」と呼ばれたものは、たしかに在った、ヨーロッパとは異なる世界観の影だ。
 食人習慣が植民地行政府による厳罰(死刑)により急速に廃れていった頃、トゥピナンバの多くがキリスト教への改宗を望んだ。その動機はじつは食人と同じではないか、と著者は推察する。他者(捕虜/司祭)と対話し、他者をとりこみ(食人/改宗)、未来に挑む(報復され報復し名誉を得る/白人のような力を得る)。ならば彼らは屈したわけではない、ともいえる。
 ポストコロニアリズムの猛攻に遭い、「野蛮人学」からの大転回を余儀なくされた結果、人類学はいま、ものすごくおもしろい学問になっている。著者はこの新潮流の牽引(けんいん)者のひとり。ヨーロッパが構築した知の体系にとらわれず、と同時にその構造体として積まれた記憶を足がかりにして、まさにブラジル出身の文化人類学者が、母国の過去の影の手前にあったはずの宇宙観や身体感覚を探り当てていく。訳文・解説も含め、明瞭かつスリリング。
    ◇
 近藤宏・里見龍樹訳、水声社・2700円/Eduardo Viveiros de Castro 51年生まれ。ブラジルの文化人類学者。

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