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ルシアン・フロイドとの朝食 描かれた人生 [著]ジョーディ・グレッグ

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2016年03月13日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■破天荒な人生、危険なオーラ発散

 画家は一枚の絵を完成させるために描くのではない。絵を描く目的は、いかなる絵を創造するかではなく、いかなるプロセスを歩み続けるかという行為それ自体を目的にする以外に画家の存在理由はないのである。したがって、絵は最初から完成が放棄されており、未完こそが絵の生命であると言えよう。
 画家にとって絵のゴールはない。常に不完全性においてのみ絵は成立するのである。画家ルシアン・フロイドも、「創造のプロセスがおそらく絵そのものより必要になる」と言う。鑑賞者は完成された作品を見ているのではなく、画家の創造におけるプロセスの時間の推移を見ており、絵の購買者はその集積された時間に大金を支払っているというわけ。その時間は絵の具の重なり合いであり、画家の気まぐれの筆致であり、画家の感情の乱れに付き合わされているに過ぎない。
 イギリスの画家ルシアンは長い間フランシス・ベーコンの陰に隠れ、二線級の国内画家に甘んじていた。彼が国際舞台に登場するのは新表現主義、ポストモダンの画家の後退期。にわかにアメリカで評価され始め、国際スターとしてその地位を確立した。
 著者は、ルシアンの人生の終焉(しゅうえん)まで35年間も追いかけ、本書でその破天荒で驚異的な生きざまをあぶり出した。画家の創造と不離一体の女性との赤裸々な性生活はそのまま反社会的だ。彼は反道徳的な行為を肯定することで自らの芸術を昇華させていった。
 彼にとって芸術こそ最優先されるべき価値あるもので、家族や恋人、美術界の人間関係は彼の本能が許さないかぎり、すべて否定的な対象となる。にもかかわらず、その魅惑的な魔力によって常にカリスマ的存在であり続けた。
 ルシアンの人生の価値は創造のプロセス同様、不完全性にある。ゆえに彼は謎と不可解、それ以上に危険なオーラを発散し続ける存在だった。
    ◇
 小山太一・宮本朋子訳、みすず書房・5940円/Geordie Greig 60年生まれ。イギリスのジャーナリスト。

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