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これで駄目なら―若い君たちへ 卒業式講演集 [著]カート・ヴォネガット

[評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)

[掲載]2016年03月27日

[ジャンル]教育 人文

表紙画像

■皮肉とユーモアあふれる語り口

 あらためて書くまでもないが、カート・ヴォネガットは、『猫のゆりかご』や『スローターハウス5』といった代表作のあるアメリカの作家だ。
 初めて読んだのは『スローターハウス5』だ。学生のころだった。作中にしばしば書かれる、諦念(ていねん)のような、あるいは混沌(こんとん)とした世界を見てしまった人間が呟(つぶや)くような、「そういうものだ」と反復する言葉に、作家の冷ややかな一面を見るようだった。たしかに、第二次世界大戦中、捕虜として拘束されていた独ドレスデンで連合国側の激しい爆撃を体験した強烈な記憶は作品に強く反映している。作家もしばしばそのことを語った。けれど、いや、だからこそ、一方でシニカルなユーモアに満ちた語り口が魅力的だった。
 本書は、ヴォネガットが、大学の卒業式をはじめ、請われて聴衆に向かってスピーチをした記録だ。随所に織り込まれる冗談は、皮肉まじりで、いまにも「そういうものだ」と口にするのではないかと気が気ではない。
 学生たちの前できっぱり宣言する。
 「お願いだから、わたしを信頼しないでくれ」
 そんなふうに宣言された者はどう受け止めればいいのだ。ヴォネガットには、どこかふくみ笑いをするような調子で語るイメージがある。
 それが方法だ。
 リベラルさ、いや敬虔(けいけん)な宗教家のような態度で、その思想と意志を言葉にこめる。だから、「そういうものだ」が生まれたと感じるし、本書のタイトル「これで駄目なら」も同じような場所から生まれたと想像する。ヒューマニズム思想と厭世(えんせい)観のあいだに浮遊する、けれど時流にふらつかない意志だ。語り口はいつだってユーモアにあふれ、真っ正直なことを笑いをまぶして平気な顔で語る。羨(うらや)ましいほどの態度だ。なぜならそれこそが、ほんとうに彼が語りたいことであり、語ろうとする方法だったからだ。
    ◇
 円城塔訳、飛鳥新社・1728円/Kurt Vonnegut 1922〜2007年。米作家。『タイタンの妖女』ほか。

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