集団的自衛権の思想史 [著]篠田英朗

[評者]杉田敦(政治学者・法政大学教授)  [掲載]2016年08月21日   [ジャンル]政治 

表紙画像 著者:篠田英朗  出版社:風行社

■憲法と安保の「二重構造」を検証

 憲法学者の宮沢俊義は、ポツダム宣言受諾で天皇主権から国民主権への「革命」が起こったとした。いわゆる「八月革命」説だ。だが、著者によれば、この説は、「実際の憲法制定権力者としてのアメリカの存在を消し去る」ことで、「表」の憲法と「裏」の日米安保という二重構造を正当化する役割を果たした。本書は、こうした構造を思想史的に緻密(ちみつ)に検証しようとする。
 戦後憲法学は、立憲主義を権力制限的にとらえ、自衛権を抑制的に解釈してきた。これに対し、著者は、人々が信託により安全確保の責務を政府に負わせることこそが立憲主義の根幹とし、昨年の安保法制をも必要な施策と評価する。
 国際法上の概念である自衛権を、内閣法制局や憲法学者が憲法の側に引き寄せ、個別的自衛権と集団的自衛権とを厳密に区別したことが、著者からすれば、そもそも問題であった。
 個別的自衛権を担う合憲な自衛隊と、基地を用いて一方的に集団的自衛権を行使する米軍という整理には「表」の憲法論が「裏」の安保に実は依存している点で矛盾がある。冷戦時代は反共目的でこれを受け入れた米国だが、冷戦終結後、日本側にさらなる対応を求めたのも当然という。
 平和構築論を専攻する著者が、国際協調主義の立場で考えているのは明らかだ。国連による集団安全保障と、同盟としての集団的自衛とを峻別(しゅんべつ)する憲法学を批判し、集団的自衛の意義を強調するのも、個別的自衛だけにこだわる「内向き」の姿勢では、国際的な人権確立の動きに協力できないと考えるからである。
 しかし、米国の世界戦略と距離を保とうとしたぎりぎりの努力を「内向き」の一言で清算すべきなのか。欧州のような地域的な連携をもたない日本では、国際協調への意思が、一層の対米従属につながるという逆説もあるのではないか。さまざまな論争を呼びうる刺激的な一冊だ。
    ◇
 しのだ・ひであき 68年生まれ。03年に『平和構築と法の支配』で大佛次郎論壇賞。東京外国語大学教授。

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