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70歳の日記 [著]メイ・サートン

[評者]大竹昭子(作家)

[掲載]2016年09月25日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■「自分らしく」と願う切実な声

 夜中に目が覚め、虫たちの声が聞こえる中、本書を開いた。こんなふうに真夜中に読書するのは久しぶり。追うべき筋があるわけではないから、ゆっくりと味わえる。「なぜかはわからないけれど、花の名前を書いていると唾(つば)が出てくる!」のところで爆笑。夜のしじまを自分の笑い声が引き裂いた。
 メイ・サートンはアメリカの女性作家。詩、小説、随筆も書くが、最初に翻訳出版された『独り居の日記』がいちばんよく知られているし、読んで心に響くのも日々を綴(つづ)った日記だ。七十歳の一年間を記した本書も切実な声にあふれ、読みながらその声のなかに入ってしまいそうになる。日記という形式において、彼女がもっとも価値をおく自分らしくありたいという願いが成就するからだろう。
 海辺の家で犬と猫と暮らす日々は、のどかなようで慌ただしい。その一つは庭仕事。ラッパズイセンだけでも九種類育てるほどの凝り性で、庭には「役に立つ狂気」が宿っている。酒に酔ったり、癇癪(かんしゃく)を起こしたりするよりまし、というわけだ。
 外の用事が多いのも気ぜわしい。『独り居の日記』以降、不遇だった時期をくぐり抜けて読者が水紋のように増えてきた。一カ月近く全米を巡る朗読会。夏には来客も多かった。
 こういう日々の後には決まって「自分の本質が奪われてしまった」心地がする。他人を極度に意識する結果、自分が存在しないような感覚になるのだ。これではだめだと反省するが、それでも人と会ったり、人前に出たりすることは止(や)めない。
 さらに時間をとられるもう一つのことは読者への返信で、これにはびっくりした。手紙にいちいち返事を書き、送られてくる原稿に目を通して感想を書いている。強迫観念に近い意識でそれを果たすのだ。
 サートンは五十代のとき、小説のなかで同性愛を告白して大学の職を追われた。どの流派にも属さず、前衛的でもない作品は、文学界でも注目されない時期が長くつづく。人の願いを無視するには他者の苦しみがわかりすぎてしまう人なのである。
 「今求めているのは、詩を書くこと、それだけ」と言うが、詩の生まれる気配はない。詩はいつもミューズの登場とともに誕生した。一瞬、その人が現れるも去っていく。なぜ詩作に他者が必要なのか? 自分からは出てこないのか? いまだ解明できない「謎」が自分の中にあるのを彼女はよろこんでいて、これには大いに共感した。
 日記を読むことは日々の伴走者を得るようなものだ。悩みの内容はちがえども、そう思うのはあなただけではない、と囁(ささや)きかけてくれる。
    ◇
 May Sarton 1912〜95年。ベルギー生まれ。小説家・詩人・エッセイスト。4歳のとき両親と米国に亡命。『夢見つつ深く植えよ』『総決算のとき』『82歳の日記』『独り居の日記』(新装版)など。

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