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戦争まで―歴史を決めた交渉と日本の失敗 [著]加藤陽子

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2016年10月02日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■この国はなぜ3回誤ったのか

 太平洋戦争への道筋で世界が日本に、「貴国はどちらを選択するのか」と問うたときが3回あったと、著者は説く。リットン報告書、三国軍事同盟、日米交渉。その選択時の状況を分析することは現代政治への教訓となる、との思いで、二十数人の中高生たちに説明したのが本書である。
 著者の歴史観を土台に据えて、この国が3回の選択をなぜ誤ったのかが具体的に検証される。それぞれの折のキーワードをもとに日本と国際社会の関係が解剖されていくのである。リットン報告書の章では、リットンが語った「世界の道」は、はからずも吉野作造が用いた「世界の大勢」と重なりあう。満州が大切なのはわかるが、貴国は「世界の道」、つまり「正気に戻るのですか」と問うたというのである。
 日本はその道に戻らず、孤立していった。
 三国軍事同盟については、ドイツが求めた条文の「第三条」が問われる。アメリカという語は用いられていないが、仮想敵国をアメリカとした内容だ。20日間で結ばれたこの条約について、軍部や官僚の一部が「目の前に、よりほしいものがあった」ためと言い、それが蘭印(らんいん)仏印だった。軍事同盟を結ぶ基本的な姿勢の欠如に驚かされる。
 日米交渉のキーワードは「日米首脳会談」である。近衛首相がルーズベルト大統領に首脳会談を呼びかけた「近衛メッセージ」(1941年8月)が、野村駐米大使の不注意で漏れて日本国内にも伝わってくる。国家主義団体が近衛攻撃のビラを撒(ま)くが、その妄動ぶりが国策決定にも響くのである。3回の選択時に、日本はなぜバランスのとれた判断ができなかったのか、著者は日米交渉の出発点になった諒解(りょうかい)案に新しい見方も示す。
 著者の知識に接する中高生たちの問題意識の鋭さは頼もしい。「普遍的な理念の具体化」が欠けていた時代だったという結論を読者もまた共有する。
    ◇
 かとう・ようこ 60年生まれ。東京大学教授(日本近現代史)。『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』など。

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