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情報社会の〈哲学〉―グーグル・ビッグデータ・人工知能 [著]大黒岳彦

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)

[掲載]2016年10月16日

[ジャンル]科学・生物 IT・コンピューター

表紙画像

■AIに抜かれる前に必要な検証

 いわゆるシンギュラリティ問題では2045年に人間を凌駕(りょうが)するとされる人工知能(AI)への恐怖が語られるが、あっさり凌駕されてしまう人間側の不甲斐(ふがい)なさはお咎(とが)めなしだ。そこに疑問を感じていた筆者にとって本書は収穫だった。
 グーグル、SNS、ビッグデータ、AIを本書も論じるが、著者によればそれらは情報社会の“露頭”に過ぎない。議論はそれらを深層で繋(つな)ぐ“本体”へ向かう。
 たとえば近代科学技術に「役に立つ」ことを自己組織化してゆく「配備=集立(ゲ・シュテル)」プログラムがセットされていると考えたハイデッガーの予想は的中しつつある。グーグルは人間活動の全てを機械可読データ化しようとし、SNSは個人の行動を断片的データとしてネット上に流通させる。AIを仕込んだビッグデータ解析技術が氾濫(はんらん)するデータの再組織化を進め、その成果が社会を動かす。こうした再帰的・自動的な情報社会に、人間を主体とするデカルト的近代哲学の出番はない。
 そこで著者は電気メディアが声の共同体を地球規模で実現させると考えたマクルーハンの時代的な限界を踏まえつつ、その潜在的可能性を引き出し、一方で非人称的なコミュニケーションの自己生成こそ「社会進化」の原動力と考えたルーマンの社会システム論と組み合わせて、情報社会の自己組織化メカニズムを論じる枠組みとする。
 その手際の実際は本書を手にして確かめて欲しいが、著者のように情報社会を原理的に検証・批判する「哲学」的思考を怠っていたことと人類がAIにあっけなく凌駕される未来像が描かれたことの間にはおそらく関係がある。師・廣松渉を継承する硬質な文体の理論書に対して意外な印象と思われるだろうが、哲学の不在を埋めようとする本書に筆者は励まされた。ネットワークメディアに縦横に包囲された情報社会でなお人間的な営みをなし続けるヒントがそこに示されていたからだ。
    ◇
 だいこく・たけひこ 61年生まれ。明治大学教授。専門は哲学・情報社会論。『〈メディア〉の哲学』など。

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