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「ユーロから始まる世界経済の大崩壊」書評 危機の国々を縛るトロイカ

評者: 諸富徹 / 朝⽇新聞掲載:2016年11月13日
ユーロから始まる世界経済の大崩壊 格差と混乱を生み出す通貨システムの破綻とその衝撃 著者:ジョセフ・E.スティグリッツ 出版社:徳間書店 ジャンル:経済

ISBN: 9784198642532
発売⽇: 2016/09/21
サイズ: 20cm/458p

ユーロから始まる世界経済の大崩壊―格差と混乱を生み出す通貨システムの破綻とその衝撃 [著]ジョセフ・E・スティグリッツ

 英国のEU離脱や大量の難民到来に揺れる欧州。だがその背後にある最大の問題は、低迷する欧州経済だ。いまや各国で反EU感情が広がり、極右政党が伸長する。そこでは、長く続く経済的苦境が影を落としている。
 ユーロ圏の実質GDP成長率(2007〜15年)は、非ユーロ圏8・1%に対し、0・6%にとどまった。1人あたり実質GDP成長率(同)でみても、米国3・4%、日本1・6%に対し、ユーロ圏はマイナス1・8%と対照的だ。
 スティグリッツは、これは単なる偶然ではなく、ユーロこそがその原因だと結論づける。彼は、統一通貨の試みが破綻(はたん)の危機に瀕(ひん)しており、欧州は「一層の欧州化」か、さもなくば「ユーロ解体」か、どちらかを選ばなければならないと警告する。
 通貨統合は、なぜ問題なのか。通貨を統合すれば、域内の為替変動リスクは消滅する。企業にとっては、独仏など欧州でもっとも好条件の中心諸国に集中立地するのが効率的になる。これが、域内格差を拡大させる原因だ。次に、ギリシャなど周縁諸国には、為替変動リスクを免れた投機マネーが流れ込んで不動産価格を押し上げ、見かけ上の好景気が演出される。だが、リーマン・ショックを機に資金は一斉に流出し、バブル崩壊と金融危機が引き起こされた。
 もし各国が独自通貨をもっていれば、危機に瀕した国々は自国通貨を切り下げ、輸出回復を図ることもできる。しかしユーロ圏諸国は、金融政策と通貨政策の権限を放棄している。しかも彼らは、財政赤字を対GDP比3%以内に抑えるよう義務づけられており、財政拡張もできない「手足を縛られた」状態だ。
 欧州は、各国政府から経済政策の主権を奪う一方、EUにも十分な財源と権限を与えていない。ならば、ドイツをはじめとする中心諸国が欧州経済の運営責任をもつべきだが、彼らにもその意思はない。他方、欧州委員会、欧州中央銀行、IMFからなる「トロイカ」は、危機に直面した国々を救うどころか、借金返済を求め、緊縮財政と賃下げをのませた。結果、経済はさらに弱体化し、債務返済は遠のいた。
 国民経済を破壊してでも債権回収に励む「トロイカ」への怒りが、本書の原点だ。スティグリッツは、欧州統合の理念自体は否定していない。だが、欧州が連帯して経済を再建する意思がないなら、ユーロを解体して為替レートの調整能力を復活させ、各国の裁量拡大を図るべきだと説く。「国民が通貨ユーロの奴隷になるのではなく、通貨ユーロが国民福祉に奉仕する経済を築かねばならない」という経済思想で貫かれた本書、スティグリッツの面目躍如だ。
    ◇
 Joseph E. Stiglitz 43年米国生まれ。01年、ノーベル経済学賞を受賞。コロンビア大学教授。『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』『世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠』など。