狂うひと―「死の棘」の妻・島尾ミホ [著]梯久美子

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)  [掲載]2016年11月27日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 

表紙画像 著者:梯 久美子  出版社:新潮社

■「事件」渇望した 文学的共犯

 「そのとき私は、けものになりました」。歌うように語り始めた島尾ミホの言葉を、一言も聞き漏らすまいと筆者は筆を走らせたという。夫・敏雄の日記に不倫の証拠を見つけ、『死の棘(とげ)』の壮絶な愛憎劇が始まる、その瞬間を妻自身が語った貴重な証言だと思ったからだ。
 当時、著者は評伝の執筆を目指してインタビューを重ねていた。取材は順調に進んでいたが、ミホの意向で突然中止を余儀なくされる。その1年後、ミホは奄美の自宅で急死。著者は執筆を一度は諦めていた。
 ところが、その後、「もっとも作家的な男」だという敏雄の評判を著者は耳にする。そこには、作品作りのためなら彼は不倫もしかねないとの推量が含まれていた。興味を惹(ひ)かれ関係者を訪ね歩いた著者は、敏雄とミホ、そして『死の棘』で「あいつ」と呼び捨てられていた不倫相手女性の現実の姿に少しずつ迫ってゆく。
 そして著者の背を強く押したのがミホの没後に残された段ボール数十箱分の未公刊作品、メモ等だった。資料として評伝執筆に十分な質・量の手応えを感じた著者は、再び筆を執る。
 こうした経緯で上梓(じょうし)に至った本書が浮き彫りにするのは敏雄とミホが文学のために共犯する構図だ。なぜ日記は妻が読める状態になっていたのかといった具体的な自作自演論に著者は深入りしないが、敏雄が文学として書かれるべき「事件」を渇望していたことは資料が物語る。ミホもまた閉塞(へいそく)する夫婦の状況に風穴を開けたがっていた。二人の願望が重なるところでミホは錯乱する。敏雄を激しくなじり、詰問し続けるミホによって夫婦が至った「共狂い」は詐病ではないが、後になってみればすべてが作品のために用意されていたようにも思える、独特の文学的合理性を備えていた。
 段ボール箱の中には「『死の棘』の妻の場合」と題された草稿も入っていた。晩年のミホは自分でも『死の棘』を書こうとしており、冒頭の取材では既に自分で書いていた言葉を歌うように詠み上げていたのだ。
 だが、この草稿は未完に終わる。敏雄が残した日記を公開する時、ミホが細かく削除や加筆を施していた経緯を本書はたどるが、それは『死の棘』が築いた「童女のように純粋な妻」と「誠実な夫」というイメージを守るためだった。しかしその一方で自分の眼でみた真実を書きたいと願うもう一人の自分がいる。神話の守護者と解体者、二つの役割の間で引き裂かれていたミホの内面にまで迫ることで、資料分析という手堅くも地道な方法を評伝ノンフィクションに生かし切った著者の技術に、思わず圧倒されていた。
    ◇
 かけはし・くみこ 61年生まれ。ノンフィクション作家。『散るぞ悲しき』で06年に大宅壮一ノンフィクション賞。『昭和二十年夏、僕は兵士だった』『昭和の遺書』『愛の顛末』など多数。

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