ひらかれる建築―「民主化」の作法 [著]松村秀一

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)  [掲載]2016年11月27日   [ジャンル]社会 新書 

表紙画像 著者:松村 秀一  出版社:筑摩書房

■生活者の想像が未来を切り開く

 本書はケンチクやタテモノからの卒業をうたう。ケンチクとは建築家の先生が設計する芸術的な作品。一方、タテモノとは経済的な営為から生産される通常の建物。東京のごちゃごちゃな街並みこそが民主主義の風景だと、海外の研究者から指摘されたことを受けて、著者は近代以降の建築の歴史を民主化の3段階でとらえなおす。
 第一世代は、工業化・規格化の発展によって同一の安い箱を多く生産した。第二世代は、人々が居住環境の形成に関わるシステムや地域生活の再評価など、選択の多様性を提示した。著者の専門は建築構法であり、この二つの世代の内容はわれわれが暮らす環境の背景を理解するうえで興味深い。例えば、釘の量産化がツーバイフォー構法をもたらしたこと、戦後の鉄鋼業が新たな市場を求めてプレハブ住宅に注目したこと、使用者が参加するデザイン手法の系譜、大工・工務店、ハウスメーカー、DIY、セルフビルドの状況など、研究成果に基づく知見が披露されている。
 1957年生まれの著者にとって第一世代はすでに成し遂げられた過去、第二世代はその活動に並走した現在形の出来事だったが、第三世代のリノベーションはもっと若い人やアートなど建築以外の領域が切り開く、未来へのムーブメント。ゆえに、中学校をアートセンターに改造したアーツ千代田3331やオフィスの居住空間への転用など、象徴的なエピソードをもとに期待を込めてルポルタージュ風に書かれている。
 日本はすでに膨大なタテモノをもち、今や大量の空き家が問題だ。そこで著者は、箱から場へ、あるいは生産者から生活者へ、という転換を示し、使い手の想像力が重要になると説く。小難しいケンチクと違い、リノベーションは専門以外の様々な人が参加できるプラットフォームになりうる。これは建築の職能が変わることで豊かな生活がもたらされる希望の書である。
    ◇
 まつむら・しゅういち 57年生まれ。東京大学教授。建築学。2015年、日本建築学会著作賞。『団地再生』など。

五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)の他の書評を見る

この記事に関する関連記事

ここに掲載されている記事や書評などの情報は、原則的に初出時のものです。

ページトップへ戻る

ブック・アサヒ・コム サイトマップ