相倉久人にきく昭和歌謡史 [著]相倉久人 [編著]松村洋

[評者]細野晴臣(音楽家)  [掲載]2016年12月04日   [ジャンル]歴史 アート・ファッション・芸能 

表紙画像 著者:相倉久人、松村洋  出版社:アルテスパブリッシング

■検閲から守った音楽の魂語る

 音楽家にとって音楽評論家は親しみ深いとは言い難いが、的確な評論には耳を傾ける価値がある。そんな関係は今日では過去のこととの感もあるが、相倉久人氏はそういう時代の論客であり、親しみ深く、尊敬すべき存在であった。
 本書は戦前から戦中を経て現代に至る、日本ならではの大衆音楽の歴史を対話形式で語る。聞き手は音楽評論家の松村洋氏。知見を縦横に駆使して相倉氏の記憶を刺激する。相倉氏は戦前の東京生まれ。戦後生まれの者にはなかなか知り得ない戦時中の逸話や体験を惜しみなく披露する。
 戦時中は文化への検閲が激しく、音楽家も苦しめられた。戦前から「ジャズ」を日本の音楽に取り入れる試みを続けていたのが服部良一だが、ジャズは日米開戦後に禁止された。検閲は内務省警保局が行い、米英の音楽を何百曲も禁止する通達も出されたという。
 その中には、戦前に大ヒットしたエノケン(榎本健一)の「ダイナ」や「私の青空」も含まれていた。そんな状況下、服部良一が作曲した淡谷のり子のレコードが発売禁止処分に。厭戦(えんせん)思想を煽(あお)る歌詞も検閲の対象だったからだ。そういう苦い経験からジャズを北米大陸から南方に置き換え、ジャズの魂を守った経緯が興味深く語られる。
 戦後生まれの僕は、アメリカの占領政策と文化の中で育った影響もあり、いまなお「ブギウギ」に心躍らされるが、ブギウギがなぜ日本でも流行したのか。さらに不自由な戦時中、日本歌謡界はいかに息を潜めていたのか。硬軟織り交ぜた自由な対話がインスピレーションを刺激する。
 相倉氏は惜しくも昨年物故された。だが最晩年にあっても、氏は生き生きと音楽と人生を語り、残された我々に奥深い示唆を与えている。なかでも近代主義が否定し続けてきた「死」とそれに伴う成長神話、そしてグローバリズムが文化の衰退を招いているとの指摘は必聴に値する。
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 あいくら・ひさと 1931~2015年。『されどスウィング』など/まつむら・ひろし 52年生まれ。『唄に聴く沖縄』。

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相倉久人にきく昭和歌謡史

著者:相倉久人、松村洋/ 出版社:アルテスパブリッシング/ 発売時期: 2016年09月


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