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生命、エネルギー、進化 [著]ニック・レーン

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2016年12月11日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■科学の力強さ、ストレートに

 ここ数年、いや10年間に読んだ中で、科学のおもしろさと力強さをもっともストレートに伝えてくれる本だ。
 生命の起源とその複雑化の過程について、現在わかる範囲でのもっとも具体的かつ詳細な解明の試みである。内容と展開は上質のミステリーのようにスリリング。ただし、かなり難解。
 著者は近年主流となっていた、生命を情報系とする見方に別れを告げる。生命はエネルギーをうまく制御し利用するシステムと見るべきだ、と。
 そこから見えてくる生命の特徴は、その膨大な活動量と、それを支える仕組みの特異さだ。生命体はプロトン(陽子)の移動をエネルギー源として使う。これはかなり風変わりなメカニズムなのだが、ほぼすべての生命体に共通している。地球上の生物たちは多様だが、その活動を成り立たせている仕組みは普遍的なのだ。
 この不可解なエネルギー・メカニズムを手掛かりに、著者は知識と想像力を総動員して、生命の起源と複雑化の謎を一歩一歩解明していく。始まりは、おそらく深海の熱水噴出孔周辺。そこで生じた天然のプロトン勾配が生命現象の起源となる。
 やがて、極めて稀(まれ)な偶然のような出来事によって、原核生物同士が内部共生体を形成して真核生物が登場した。これによってそれまでの生命体の活動を制限していたさまざまなエネルギー的制約を打ち破ることができ、生命の進化は複雑化のプロセスをたどった。大腸菌のような原核生物は今でもたくさんいるが、単細胞以上には複雑化していない。原核生物への自然選択だけでは複雑な生命体は登場しないのだ。二つの細胞が共生することで、両者の間の対立を解消したり、協力関係を促進したりする必要性が生じ、その解決策として、有性生殖や多細胞化や個体の死といった現象が生じてきたと著者は考える。
 生命の起源も真核生物の出現も、さまざまな仮説が乱立して、全体を的確に把握できない状況が続いていた。著者はそれをエネルギー利用の観点から解き明かし、この分野に明快な全体像を与えたと言ってよい。
 著者の見解を敷衍(ふえん)すると、単純な生命は他の惑星でも(わりと頻繁に?)見られそうだが、複雑な生命体にはまず出会わないことになる。原核細胞同士の内部共生は、滅多に起こらないからだ。やはり我々人類は、広大な宇宙で唯一の孤独な知的生命体なのかもしれない。
 私たちはどこから来て、どこへ行くのか?——この問いへの答えが、科学によってもうすぐ手の届くところまで来ている。なんとワクワクする時代であることか。
    ◇
 Nick Lane ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)遺伝・進化・環境部門のOrigins of Lifeプログラムリーダー。2015年に英国生化学会賞受賞。著書に『生命の跳躍』など。



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