経済学のすすめ―人文知と批判精神の復権 [著]佐和隆光

[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)  [掲載]2016年12月11日   [ジャンル]経済 社会 

表紙画像 著者:佐和 隆光  出版社:岩波書店

■「文系軽視」が招く社会の危機

 本書は、「国立大学改革プラン」の一環として「文系廃止」を求めた2015年6月の文科省通知を契機に書かれた。背景にある文系軽視が社会にとっていかに危険か、著者は全編を通じて強い警告を発する。
 著者は、一見して分かりやすい有用性を学問に求めることは、かえって社会や組織を衰退させるとする。学問が「テクノロジーの僕(しもべ)」と化して現状追認に終われば、健全な批判精神の育成が難しくなるからだ。批判を通じて異質性や多様性を自らのうちに育み、自己変革を遂げられない社会や組織は脆(もろ)い。人文知を排斥する国は、全体主義国家になると著者は警告する。
 この点、数学化・計量化が進んだ経済学は、人文知(文学、哲学、歴史、心理、芸術など)と絶縁し現状肯定的な学問となった。だが、もっとも独創的な人々は往々にして旺盛な批判精神の持ち主でもある。アップル社のスティーブ・ジョブズは、人文知と融合したテクノロジーの重要性を説いたという。
 政府の政策を科学的に正当化するためだけに、経済学の意義があるのではない。アダム・スミスからトマ・ピケティまで脈々と流れる、人文知と融合した経済学の伝統にこそ、その真価を見出(みいだ)せるのだ。現状への鋭い批判意識こそが、新しい社会構想(ユートピア)を生み出す契機となる。過去の偉大な経済学者はいずれも、こうした伝統に連なっていた。
 近い将来、人間の知識・技能が人工知能と代替可能な時代が来るとすれば、思考力・判断力・表現力を涵養(かんよう)できる人文知の重要性はむしろ高まる。そのとき、人文知と融合した経済学を学ぶことは大きな力になると、著者は若い人々に呼びかける。筆者も同感だ。経済学は価値中立性を志向するが、現実社会の思考・判断・表現の過程では「何が望ましいのか」、価値観が問われる。その判断力を鍛えるには、やはり人文知しかない。碩学(せきがく)の渾身(こんしん)のメッセージを真摯(しんし)に受け取りたい。
    ◇
 さわ・たかみつ 42年生まれ。滋賀大学前学長、京都大学名誉教授。『日本経済の憂鬱』『グリーン資本主義』など。


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