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娯楽番組を創った男―丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生 [著]尾原宏之

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)

[掲載]2016年12月18日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■大衆を丸ごと表現、TVを席巻

 1947年に放送が開始された「日曜娯楽版」は、辛辣(しんらつ)な政治諷刺(ふうし)が売り物のラジオ番組だった。最近のNHKは政治家の言いなりだと批判する時に「昔は違った」とよく引かれる、この伝説的番組の制作者は政治学者・丸山眞男の実兄で、娯楽番組プロデューサーを務めていた丸山鐵雄だ。
 そんな鐵雄の初の本格的評伝となる本書で、著者は瀧川事件に遭遇した京大生時代の彼が新聞投稿していた「替え歌」を発掘している。そこには権力に懐柔された日和見教授たちへの執拗(しつよう)な諷刺があった。
 鐵雄が戦前から持ち合わせていた諷刺精神を存分に発揮した「日曜娯楽版」は、52年に終わった。保守政治家の圧力がかかったといわれるが、硬骨漢だったはずの鐵雄が放送中止に強く抗(あらが)わなかったのはなぜだったのか。著者の調査は、鐵雄が自由のない時代にこそ諷刺は庶民のガス抜きになるが、やがて飽きられると予想していたことを示す。そして彼は支持をなくした番組は打ち切られて当然と考える放送局の論理を内面化した「サラリーマン表現者」でもあった。「自己の表現の限界にぶつかる前に、まず組織の壁とぶつかる」サラリーマンに「革新的な表現や思想」は育めないとする著者の評は厳しく、重い。
 たとえば今も続く「のど自慢」の生みの親も鐵雄だ。放送を通じて大衆を上から指導する姿勢を嫌った彼にとって、見たいものを大衆自身が示す番組はまさに理想的だった。だが出演者の勘違いや気取りまでまるごと表現するその手法は、後に一般人を晒(さら)し者にして視聴率を稼ぐ演出法に発展し、民放テレビ界を席巻してゆくのであり、それもまた放送局の論理に馴染(なじ)むものだったといえよう。
 こうして娯楽番組を創った男の実像を見定めようとする本書は戦後メディア社会の来し方を省みる機会を用意し、行く末を考えさせてくれる。多くの読者に恵まれて欲しい一冊だ。
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 おはら・ひろゆき 73年生まれ。NHKなどを経て、立教大学兼任講師。『大正大震災』『軍事と公論』など。

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