壁の男 [著]貫井徳郎

[評者]末國善己(文芸評論家)  [掲載]2017年01月08日   [ジャンル]文芸 

■問いを投げかける“最後の一撃”

 貫井徳郎の新作は、陰惨な殺人事件を追うライターが、関係者の意外な過去にたどり着く『愚行録』『微笑(ほほえ)む人』を思わせるテイストになっている。ただ今回の題材は殺人ではなく、町中の壁に稚拙な絵を描いている男の動機である。
 現場になった地方の小さな町を訪れたライターの鈴木は、取材を開始する。絵を描いたのは、自宅で塾を営んでいたが、少子化の影響で今は便利屋をしている伊苅で、近所の人は、伊苅に頼んで自宅の壁に絵を描いてもらっていたのだ。
 伊苅の口が重いため、鈴木が周辺の人から話を聞くと、第一章では、伊苅が絵を描くきっかけと、伊苅に絵を依頼した近所の人たちの想(おも)いが明らかになる。第二章では、伊苅が故郷の町に帰った原因とも思える愛娘(まなむすめ)の笑里と妻・梨絵子との別離が、第三章では、家族がバラバラになる遠因にもなった伊苅と梨絵子の結婚までのプロセスが描かれるなど、全五章からなる物語は時間を遡(さかのぼ)りながら進む。
 各章は、疲弊する地方都市の現実を指摘する社会的なテーマもあれば、異様な恋愛や、自分と周りを比較し劣等感を抱く思春期の苦悩に迫る青春もあるので重厚かつ変化に富んでいる。これらのエピソードが、伊苅が絵を描く動機とどのようにリンクするのかも気になるので、先を読ませる圧倒的なパワーがある。
 ミステリーには、ラストの一行で読者の思い込みを覆す“最後の一撃”と呼ばれる手法がある。全五章にちりばめられた伏線が集まり、最終行で胸が熱くなる伊苅の動機が浮かび上がる本書も、完成度の高い“最後の一撃”ものといえる。
 だが本書は謎が解かれて終わりではない。伊苅の人生は、常識を楯(たて)に相手を見下す愚かしさ、生きている人間が果たすべき責務、家族とは何かなど、多くの問いを投げ掛けているのだ。
 その意味で本書は、“最後の一撃”の先を読者が自分で考えて埋めて、初めて完結する小説なのである。
    ◇
 ぬくい・とくろう 68年生まれ。作家。『後悔と真実の色』(山本周五郎賞)、『空白の叫び』など。

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