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しんせかい [著]山下澄人

[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)

[掲載]2017年01月15日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■集団生活の普遍を捉えた奇作

 語り手の「ぼく」は船と車を乗り継いで【谷】にやってきた。そこは【先生】と呼ばれる人物が主宰する学校のような場所で、俳優志望と脚本家志望の若者たちが共同生活をしながら演劇を学んでいた。――そんな設定で、山下澄人『しんせかい』ははじまる。
 仲間からスミトと呼ばれることになった「ぼく」は19歳。高校を出て地元でアルバイトをしていたが、誤って配達された新聞の「二期生募集」という記事にひかれ、入学金も授業料もかからないならと応募したら合格したのだ。
 と、ここまで読んで作者の経歴を見ると「富良野塾二期生」とある。おお私小説か、と考えますよね。【谷】や【先生】に当てはまる地名や人名を思い出す読者もいるだろう。
 しかし、そういう風に読んじゃうと、この小説の広がりと奥行きは半減する。ここで描かれているのは特異とも普遍的ともいえる集団生活であり、小説の語り方もまた独特だからだ。
 演劇を学びに来たはずの若者たちは、朝から晩まで生活費を確保するための農作業と自分たちの生活の場の建設作業に明け暮れる。秋には玉ねぎの箱詰め工場の手伝いに行き、冬は薪作りと馬の世話に追われる。夕食後に行われる俳優や脚本家の授業では居眠りするなというほうが無理。
 近隣住民が「収容所」と呼ぶ【谷】はブラック企業か軍隊か、はたまた隔離病棟か。だが〈自主的に、命令に、それがいくら理不尽なものであろうと、従いたいと来ているのだ、なのだからここではやるべきとされていることはやるしかないのだ、それも全力で前向きに最善のものを〉。
 山下澄人が書く「ぼく」はいつもどこかしらん「心ここにあらず」である。浮遊する「ぼく」は幽体離脱も自由自在。【谷】に来る前のガールフレンドに〈あんたの話って何ひとつまともに聞かれへんわ〉といわれた「ぼく」の1年間。一見静かな奇作である。
    ◇
 やました・すみと 66年生まれ。劇団主宰。『緑のさる』で野間文芸新人賞。『鳥の会議』など。本作で芥川賞候補。

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