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負債論―貨幣と暴力の5000年 [著]デヴィッド・グレーバー  [監訳]酒井隆史 [訳]高祖岩三郎、佐々木夏子

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2017年02月12日

[ジャンル]経済 人文

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 ■ラディカルに「神話」を解体
 お金って謎。最近ますますわからない。貧乏人向け高金利住宅ローンが準優良(サブプライム)で、それを証券にして売るって、なにそれ。
 本書は経済学者ではなく、人類学者の負債論。なにしろ事例がおもしろい。ヨーロッパを中心に、古代インドや中国、アフリカや南米の先住民族、日本人も顔を出す。借金の正体を求め、法律、神学、文学、哲学と数多(あまた)の資料の頁(ページ)をめくりまくる。
 たとえば利子。紀元前2、3千年のメソポタミアにはもう有利子貸付(かしつけ)が根づいていた。相互扶助こそ人間の証し、あげた肉に礼をいわれるのも上下関係になるから嫌、というイヌイットには信じがたい行いだ。妻子を奴隷として売り飛ばすなんてことが「偉大な農業文明」で横行しだしたのは、まさに貨幣・市場・有利子貸付が始まった頃だそう。数量化が人間関係から人を引き剥がし、モノに変える。
 利子の倫理性は大問題だ。イスラーム商人が活躍した中世、ペルシャの神学者ガザーリーは貨幣は貨幣を獲得するために造られたのではない、と主張。貨幣を自己目的化する有利子貸付は違法にすべき、という。サブプライムより納得できるな。
 キリスト教は同胞への利子を禁止、だが異邦人相手なら容認した。結局利子は常態化、ルターも妥協せざるをえなかった。プロテスタンティズムと資本主義は最初から手をとりあってたわけじゃないのね。で、年5%程度ならOKってことになったのだが、この数値、いま各国GDPの成長目標なんですね。金で金を生む不道徳が、いまやなすべき努力になったのか。
 こうして見えてくるのは、貨幣と負債をめぐる神話と思いこみの山だ。中世ペルシャの自由市場論に影響されたらしいアダム・スミスの、物々交換の便宜のために貨幣が生じたという「経済学の創設神話」しかり。国家と市場を対立するものとみなす経済自由主義はこのへんの誤解に基づいているという。軍事=鋳貨=奴隷制複合体こそ帝国の基軸、つまり市場を創ったのは兵士に金を払い侵略する国家で、その国家を市場が支えたのだ。
 古代エジプトの定期的借金帳消し制度っていいなあ、なんていうのは大バカのナマケモノ、返済は絶対だ!って、それも歴史的にはひとつの考え方にすぎない。千年後、いまの借金観はどう評価されるんだろうね。
 グレーバーはウォールストリート占拠のスローガン「われわれは九九%だ」をつくった人だが、この本の語り口にはラディカルな理念とともに、モンテスキューやJ・フレイザーに通じるひろやかな好奇心が感じられる。この負債の金枝篇(へん)は、世界金融危機を背景に建った、タイミング絶好の討論アリーナだ。
    ◇
 David Graeber 61年米ニューヨーク生まれ。文化人類学者。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス人類学教授。『アナーキスト人類学のための断章』『資本主義後の世界のために』など。

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