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国家と石綿―ルポ・アスベスト被害者「息ほしき人々」の闘い [著]永尾俊彦

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2017年02月26日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■危険から抜け出せなかった構造

 断熱材などに用いられ、近代工業を支えた石綿製品。国は戦前から大阪・泉南地域の石綿工場で深刻な健康被害が発生していることを把握しながら有効な対策をとらなかったという。その被害者は「貧しく仕事を選べなかった人々」。元新聞記者の著者がこの事実を丹念な聞き取り調査で掘り起こし、人命軽視の国策と日本の差別構造を糾弾したノンフィクションだ。
 石綿公害の発覚は2005年、兵庫県尼崎市にあった機械メーカー・クボタの工場周辺住民に石綿の粉じんを吸うことで発症するがんの一種、中皮腫や肺がん患者が見つかったことがきっかけ。著者はその後、泉南にも被害者が多数との情報を得て取材を始めた。
 呼吸困難に陥る石綿肺などを患った元工場労働者や遺族の話を積み重ねた、第二章「息ほしき人々」の内容に圧倒される。
 「徐々に息ができなくなり、拷問のような苦痛が二〇年以上続く」「楽になるには、死ぬしかない」「『竹やりで刺されるようや』と苦しんだ。横になれず、座ったまま寝る」
 読者は被害を頭で理解するのではなく、体に刻み込まれる感覚を持つだろう。
 危険性を熱心に説いた町医者もいたが、地域が石綿業で成立しているため、「石綿つぶす気か」と怒る経営者、他に仕事がないため危険性を見て見ぬふりをする労働者……被害から抜け出せない産業構造だった。それゆえ、被害の調査研究を行ってきたのに見殺しにした国の責任は重大との指摘にはうなずかされる。
 本書後半は、06年から国に損害賠償を求める訴訟を起こした元労働者らの動きを追う。最高裁は14年、国が被害の深刻さを知りながら1971年まで十分な対策を取らなかったと認定した。原告団に死者が相次ぐ中での勝訴に対し、「歴史から黙殺されていた人々が立ち上がり、歴史を語り、歴史を創った」と総括した言葉が重く響く。忘れられない一冊となった。
    ◇
 ながお・としひこ 57年生まれ。ルポライター。元毎日新聞記者。著書に『貧困都政』『公共事業は変われるか』。

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