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サザビーズで朝食を―競売人が明かす美とお金の物語 [著]フィリップ・フック

[評者]加藤出 (東短リサーチチーフエコノミスト)

[掲載]2017年03月05日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■巨大化する美術市場の内幕描く

 世界の美術市場の取引高は、2005年の359億ドルから15年に638億ドルへと膨張した(Arts Economics調べ)。同期間に競売会社のクリスティーズとサザビーズの販売額も急拡大を見せた。
 主要国中央銀行の超低金利政策による過剰流動性や新興国需要によって、美術市場は驚異的な成長を遂げた。コレクターだけでなく、多数の金融ファンドが投資する巨大市場となったのに、2大競売会社の実情はあまり知られていない。本書は両社で長く働いてきた花形競売人が市場の内幕を描いたもの。何といっても興味深いのは、美術の歴史、芸術家、作品の解説が、徹底的に競売人の視点から書かれている点である。
 著者は芸術を金銭で評価する市場の現実を、英国人らしい皮肉とユーモアを用いて語っている。例えば、「アーティストの作品価格にとって、自殺や早世が有利に働くことにはほとんど疑いがない」。近年、ゴッホは自殺ではなく、散歩中にウサギ猟の若者に過失で撃たれたという説が現れている。しかし、「苦悩に満ちた彼の絵のこれまで認められてきた価値」を維持するには、市場としては自殺が望ましいという。
 1980年代後半の日本人の美術品購入絶頂期は著者に強烈な印象を与えた。日本のバブル破裂後、競売会社は、ロシア、中東、中国、ブラジルなどの富裕層を狙う。「ひとたび国の経済が著しく成長し始めると、その国の裕福な住人たちが西洋美術を買い始めるのは必然的なようだ」
 本書を読むと美術市場急拡大の背景には、富豪の増加、つまり富の不均衡の拡大があるように感じられる。最近は資金洗浄(マネーロンダリング)規制や、取引の透明性向上議論も活発化しており、美術市場は大きな課題に直面している。それはさておき、競売に参加する資力などない我々にも、この世界を楽しく疑似体験させてくれる、著者の軽妙な語り口に感心した。
    ◇
 Philip Hook オークション会社サザビーズのディレクター。著書に『印象派はこうして世界を征服した』など。

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