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ヤズディの祈り [著]林典子

[評者]大竹昭子(作家)

[掲載]2017年03月05日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 社会

表紙画像

■未知の対象、想像する力鍛える

 「ヤズディ」が何かを大方の人は知らないと思う。イラク北西部にいる少数民族で、独自の信仰と伝統を継承している。私も本書を読むまで知らなかったが、二〇一四年夏、彼らの村々はダーシュ(過激派組織IS)に突然襲撃され、数日間に数千人が殺害、若い女性は拉致されて性的暴力を受け、逃げた人の多くも山中で息絶えた。
 この驚くべき事実と生き残った人々のその後を追う。従来の報道写真とは全く異なるアプローチで。
 布地のベルトが落ちている写真で始まる。説明はなく、撮影地が書かれるのみで、惨めなほど稚拙な感想しか浮かばない。人が登場すればこの人は生き残れたのか、難民キャンプが出てくればこういう場所に暮らしているか、等々。
 そうやって写真ページが続いたあとに生存者のインタビューになる。どうやって生き延びたのか、現在どんな暮らしをしているか。難民としてドイツに受け入れられた人々も訪ねる。
 想像を絶する体験をしたのに、彼らの口調は淡々としている。その静かな語りの横に、前のページで見た写真が図版として配置される。写っていたものにどういう意味があるか、そこで初めて腑(ふ)に落ちる。家族を連れてドイツに移住する予定の男性は、途中で没収される危険があるので家族写真を持参したいが止めると語る。さっき出てきた複写写真はそれだったのか。
 存在すら知られない民の苦難が記録された意味は大きい。だが、本書の価値はそこに留(とど)まらない。未知の対象を想像する力を鍛える。言葉は意味を語るが、写真はそれ以前の撮り手の視覚的体験を伝える。両者を往復するうちに様々な想像が広がるだろう。他の少数民族のことかもしれないし、近所の隣人や、職場の寡黙な誰かのことかもしれない。見えない相手を想像し認識していくプロセスが、考え抜いて構成された書物の中で体験できること、それが何より尊く、大切だ。
    ◇
 はやし・のりこ 83年生まれ。フォトジャーナリスト。著書に『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳』など。

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