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自分とは違った人たちとどう向き合うか―難民問題から考える [著]ジグムント・バウマン

[評者]杉田敦(政治学者・法政大学教授)

[掲載]2017年03月12日

[ジャンル]政治 社会

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■排斥する側の論理と心理を分析

 欧米を中心に広がる移民や難民の排斥。その背後にあるものを、グローバル化に伴う近代の「液状化」(リキッド・モダニティ)論で知られる社会学者が晩年の著でえぐり出す。
 根底にあるのは「業績主義社会」の成立である。経済のグローバル化が生み出す諸問題を、各国政府はもはや解決できない。代わりに各個人が、自分で解決するよう厳しく求められ、できなければ不適格者と見なされることになった。
 この状況で、恐怖にとらわれた人々は、「目に見える具体的な敵」のせいにして、気分を静めようとする。「自分たちは最底辺に追いやられていると考える」人々は、移民を冷遇すれば「尊厳と自尊心を取り戻せる」ような気がする。
 だからこそ人々は「敵」を叩(たた)く「強い男(あるいは強い女)」を待望する。政治家が示す「安全保障化」政策は、経済などにかかわる真の問題から目をそらす「手品師のトリック」にすぎないし、移民排斥はテロリスト側の勧誘を容易にするなど、治安対策としても逆効果である。にもかかわらず、不安に駆られた人々は喝采するのである。
 そこで進行するのは、「道徳的義務の領域」の縮小である。人びとは道徳意識そのものを失ってはいないが、「邪悪」な「彼ら」に対して道徳的義務はないと、自己欺瞞(ぎまん)によって、特定の人々の排斥を正当化しようとする。イスラム教徒らへの偏見に満ちた宣伝が繰り返され、「移民の非人間化」が行われる。
 しかも、こうした内面の変化は、オンライン空間で一層容易になる。オフラインの現実世界では「支配される側」の人々でも、オンラインでは「支配する側」の意識を持つことができるからである。
 著者自身、他者との対話を続けるという以上の提案を示しえていないとはいえ、排斥する側の論理と心理に深く分け入った構造分析として、きわめて説得力のある一冊だ。
    ◇
 Zygmunt Bauman 1925〜2017年。ポーランド生まれ。邦訳書に『近代とホロコースト』など。

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