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こびとが打ち上げた小さなボール [著]チョ・セヒ

[評者]星野智幸(小説家)

[掲載]2017年03月12日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■負の連鎖を断ち切るための祈り

 長年、韓国と日本の文学の関係は非対称で、韓国は日本の文学を翻訳するが、日本は韓国の文学をあまり翻訳してこなかった。21世紀になってから状況は変化し、ここ5年ぐらいで韓国語文学の日本語訳は飛躍的に増えている。発表された40年前にすぐにでも紹介されるべきだった本作が、素晴らしい訳でようやく登場したのも、その賜物(たまもの)だ。
 一九七〇年代後半に書かれた本作を、過去の作品と呼んでよいのかどうか。確かに、扱われているのは軍政時代の韓国社会の暗部である。にもかかわらず、今の日本に生きづらさを感じる人が読むと、恐ろしいほどリアルに感じるだろう。
 前半は、開発によって蹂躙(じゅうりん)されていくスラムの住人たちの物語だ。新たに建設されるマンションは家賃が高くて入れない。「こびと」と蔑称される男の一家も、入居権を安く買い叩(たた)かれ、食事中に家を破壊される。その絶望が、ある不幸をもたらす。
 一家が工業地帯に移住して、三人の子どもたちが労働者としてまさに搾り取られていくのが後半部だ。何代にもわたって奪われ続け、何をしても貧困から抜け出せないことを悟った長男は、ついに行動を起こす。
 書き手はまず、一番苦しい者たちに寄り添って、声にならない声を丁寧に描いていく。声にならないのは、力によってかき消されてしまうからだけでなく、当人にも説明できず、言葉にしようがない感情や衝動だからだ。それをこの小説は、読者が自分の言葉に変換して読み取れるよう、詩的なエピソードで表す。だから、七〇年代韓国の小説なのに、今の日本の私にも現在の現実として迫ってくる。
 同時にこの作品は、抑圧する側の二世、三世の若者の内面も覗(のぞ)き込み、その無意識のやましさをえぐる。そこに抑圧する側とされる側の接点はあるはずだが、変化を起こすには至らない。それでも負のスパイラルからの解脱を求める本書の祈りは、今も希望だ。
    ◇
 趙世熙 42年生まれ。作家。本作で79年に東仁文学賞。他の著作に『時間旅行』『沈黙の根』など(未邦訳)。

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