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海と生きる作法 漁師から学ぶ災害観 [著]川島秀一

[評者]佐伯一麦 (作家)

[掲載]2017年04月02日

[ジャンル]社会

表紙画像

■恵みと災い、両面受けいれ共生

 三陸の気仙沼市出身の民俗学者である著者は、東日本大震災による津波で実家が流失し、母を亡くした。気仙沼は生鮮カツオの水揚げ日本一を誇る港町で、震災の年も宮崎や高知、三重などの漁船が来港して、復興の第一歩となった。陸の孤島と呼ばれる三陸だが、それは東京を中心に鉄道網が敷かれた明治以降のことで、黒潮と親潮が交わる世界有数の漁場は海の十字路であった。紀州の熊野も陸の孤島と称されるが、気仙沼にカツオ一本釣りの漁法を伝えたのは海を越えて到来した紀州船だった。
 本書の題名は「海に生きる」ではなく「海と生きる」。海と生活してきた三陸の漁師たちは、海がもたらす恵みと災いという両面を受け入れて長いあいだ共生してきた。例えば、漁師の親子や兄弟は別々の船に乗ることが一般的で、「それは海難事故などで、一度に一家の働き手を失うことを避けた慣行でもあった」。また、会津生まれの民俗学者山口弥一郎が昭和8年の三陸大津波の後に記した『津浪と村』にある「津波常習地」という言葉の検討を通しての、津波を生活文化のなかに受け入れてきた漁師生活の伝統へのまなざしは、机上の高台移転計画や防潮堤の安全神話への根源的な批評となっている。自然災害から生命だけでなく生活も守るのが真の復興であり、それは漁師たちが、マニュアル化できないそれぞれの土地土地に即した多様性を持った集落の歴史の中で既に培ってきているのかもしれない。
 漂流遺体を村の神として祀(まつ)ったり、魚と人間を一緒に供養する行事が日本列島には枚挙に暇がなく、そこに海難者と魚との回帰的な生命観が窺(うかが)えることなど、震災前から各地の漁師の聞き書きを行ってきた著者ならではの写真を添えた報告も興味深い。そして、「風化」という言葉を用いているのは、被災者ではなく、被災者以外の人々であることが多い、という指摘にも深く頷(うなず)かされた。
    ◇
 かわしま・しゅういち 52年生まれ。東北大学災害科学国際研究所教授。著書に『安さんのカツオ漁』など。

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