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鯨を生きる 鯨人の個人史・鯨食の同時代史 [著]赤嶺淳

[評者]山室恭子(東工大教授)

[掲載]2017年04月02日

[ジャンル]社会

表紙画像

■語り部6人から湧き出づる愛

 吾輩(わがはい)はシロナガスクジラである。何でも薄暗い所で人間どもにひどく追い回された記憶がある。あとで聞くとそれは、ヤマト民族という、人間中で一番獰悪(どうあく)な種族であったそうだ。
 さいわい近年は奴(やつ)らも鳴りをひそめておる。いささか物足りなくも思うておったところへ、水面から書物が舞い降りてきた。鯨とともに生きた「鯨人(くじらびと)」たちの聞き書きである。なぜ鯨なんぞ研究対象に選んだか。著者曰(いわ)く「なんといっても鯨肉が好きだからである」。くわばらくわばら。
 語り部は6人。ひとりめは「わだしの人生は解剖一筋」と13万頭以上の鯨を解体した石巻の船乗りで「骨に当だったら刃先がパッと止まんの。寸止めだね」と古武士の風格がにじむ。ついで、これまた歴戦の砲手や船大工のかたがた。
 船関係にとどまらぬ。魚肉ソーセージ(1966年は原材料の35%が鯨肉の由)づくり40年の工場長など鯨産業の広がりを見せつつ、さいごは大阪のおばちゃん。鯨料理専門店を開いて50年、「みんなで鯨一頭食べる会、またやりたいな」、かっ飛ばしてくださる。
 敵ながらあっぱれ。6人の鯨人から湧き出づる鯨愛に、吾輩は少しく感じ入ったのである。世のため人のため、とことんしぼり取られ、むさぼり尽くされるのもまた鯨冥利(みょうり)かもしれぬ。
 語り部退場のあと、近代日本と鯨の深いえにしが開陳される。「国民総鯨食時代」とか、不覚にも胸ビレが踊ってしもうた。鯨の竜田揚げ給食、コッペパンに添えられたマーガリンも鯨油製だったのである。
 けれども、死して肉も油も残せた栄光の時代はあっけなく短かった。
 鯨肉を最盛期の70分の1、年間33グラムしか食べぬ日本人よ。
 いさなとり、南氷洋に大船団で押し出した気概を、ときのこえ、大洋ホエールズ優勝の熱気を、いまだ宿しておいでだろうか。
 いずれ潮目が変わり、再会できるかもしれぬのう。
    ◇
 あかみね・じゅん 67年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科教授。主な著書に『ナマコを歩く』など。

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