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虜囚―一六〇〇―一八五〇年のイギリス、帝国、そして世界 [著]リンダ・コリー

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2017年04月09日

[ジャンル]歴史

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■拡大する「島国」の試練と秘密
 
 イギリスは小さな島国でありながら、19世紀にいたって、「七つの海」を支配する未曽有の世界帝国を築いた。このことは圧倒的な事実であったから、ふつう、そこにいたる過程がどんなものであったかは問われない。なぜいかにして、こんな海洋帝国が生まれたのか。その秘密は、本書の最初から最後までくりかえして語られている。一言でいえば、それはイギリスが小さな国だということだ。
 帝国は通常、陸地を巨大な軍隊によって征服することによって形成される。ところが、イギリスには十分な人口がないから、それはありえない。海上を通して貿易を拡大していくしかなかった。しかし、たとえ海軍で勝っても、陸地の国家を抑えることはできない。兵士がいないからだ。原住民を支配するために、当の原住民を使わねばならない。北アメリカにおいてもそうであったし、インドでも東インド会社があっただけで、その軍事力はインド人の傭兵(ようへい)であった。イギリス人はどこでも、不安で、よるべない状態に置かれた。彼らは帝国を形成することについて、つねに悲観的であった。それが多少変わるのは、18世紀の半ばに、フランスやスペインとの戦争に勝って、植民地を獲得してからにすぎない。しかも、それ以後にも、「小さい」という条件が強いる試練や不安が消えたわけではない。そもそも、海外にある帝国が平穏無事に存続するはずがないのだ。
 本書がユニークなのは、この広大な帝国の形成を、輝かしい軍事的・政治的勝利からではなく、逆に、海外で虜囚となった惨めなイギリス人の体験記から照明したことである。たとえば、16世紀に地中海に向かい、北アフリカでオスマン帝国に直面したとき、大量のイギリス人が虜囚となった。その多くはイスラム教に転向し、現地文化に適応した。それは、特異な一時的事件ではなく、その後に、北アメリカでもインドでも別の形でくりかえされた。ちなみに、本書では言及されていないが、徳川時代に家康の外交顧問を勤め、帰国せずに旗本となったウィリアム・アダムス(三浦按針)も、虜囚となったイギリス人である。
 本書に紹介される多種多様な虜囚体験記を見ると、大英帝国の秘密は、今や忘れられている虜囚にこそ見いだされるといってもよい。たとえば、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719年)とスウィフトの『ガリヴァー旅行記』(1726年)はいずれも、主人公が虜囚となる話であった。それゆえ、これらがイギリスの代表的な小説となったのは、偶然ではない。本書にも、同様に、イギリス的なヒューモアが流れている。
    ◇
 Linda Colley 49年英国生まれ。歴史家、米プリンストン大学教授。専門は18世紀以降のイギリス史で、グローバルな視点からの学際的な研究に取り組む。著書に『イギリス国民の誕生』など。

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