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私が死んでもレシピは残る―小林カツ代伝 [著]中原一歩

[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)

[掲載]2017年04月16日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「料理は科学で化学」がモットー

 覚えてますか、人気番組「料理の鉄人」で小林カツ代が鉄人を破ったこと。テーマはジャガイモ。1時間で作った7品には時短レシピとして有名なカツ代流の肉じゃがも含まれていた。1994年。カツ代が料理家として独立してから13〜14年後のことである。
 この話にはじつは裏話があった。収録前、カツ代は番組スタッフともめたというのだ。原因は「主婦として」「主婦の頂点に」などの言葉をちりばめたナレーションの原稿だった。
 「それだったら、私は出ない。帰る!」「私は料理研究家・小林です」
 さよう、彼女は主婦でもシェフでもない、家庭料理のプロだった。本書はそんな小林カツ代らしい逸話が満載の評伝である。
 日中戦争がはじまった1937年、製菓材料を扱う大阪・堀江の卸問屋の「こいさん(末娘)」としてカツ代は生まれた。
 20人ほどの従業員と家族のために、母が朝から茹(ゆ)でる大量の冷やそうめん。母と映画の帰りに千日前の喫茶店で食べたビーフカツサンドイッチ。父に連れられて入った大衆食堂のお総菜。料理上手の母と食道楽だった父の下でカツ代の味覚は自然と鍛えられた。
 しかし、意外や意外。短大を出て20歳で結婚。転勤族の夫について名古屋に転居し台所に立つも、母の手伝いは姉任せで料理はしたことがない。みそ汁の作り方も知らなかった!
 そこから一念発起。カツ代が料理家になったキッカケは、関西のテレビ番組でレストランの味を再現する仕事だったという。
 料理レシピにも思想がある。カツ代のレシピはいつも働く女性の味方だった。「料理は科学であり、化学である」をモットーにし「料理は愛情」という言葉に抗(あらが)い、できあいの調味料を使うことも辞さない。
 生涯に残したレシピは1万点以上。本は230冊。食いしん坊には文字どおり垂涎(すいぜん)の評伝。肉じゃがのレシピも載ってます。
    ◇
 なかはら・いっぽ 77年生まれ。ノンフィクションライター。『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』など。

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